Miles Davis 「E.S.P.」(1965)

 "Miles:Reimagined 2010年代のマイルス・デイヴィス・ガイド"柳樂 光隆(監修)(シンコー・ミュージック;2016)が面白い。
 そして改めて本盤を聴き直した。

  マイルスの解説本は山のようにある。だが評論者の世代と視点を変えて、まだ刺激的なものができるんだ、とワクワクしながら読んでいる。本書は今、40代くらいの著者でなおかつミュージシャンへマイルスの分析を依頼して、いかにマイルスが音楽的に尖っていたか、を述べている。
 ギル・エヴァンスの編曲術がとっぴだった、って分析も興味深い。こういう文章、今まで読んだことなかった。


 マイルスの再評価は、2001年ムックでの菊地成孔による"On the Corner"分析がきっかけ、って世代も必ずいるはず。なにせもう、15年前だ。本書は菊地の執筆こそないものの、大谷能生や坪口昌恭、類家心平に吉田隆一と言った同世代もしくは共演歴あるそうそうたるメンバーが執筆に加わっている。
 あえて新味だけを狙わず、アガパンあたりの製作にかかわった当時の日本人スタッフや、ナベサダへインタビューも試みて、同時代の息吹を追体験できる試みも高く評価する。
 本ムックはレコード・レビューそのものは少なめだし、網羅でもない。だが絨毯爆撃の殲滅でなく、ピンポイントの各個撃破で逆にくっきりとマイルスの魅力を引き出したと思う。
 マイルスのアルバムは、かなり個性的でコンセプトがしっかりしてる。ジャズのLPはいわゆる名盤を聴いたあと、どれを聴いたらいいんだろって迷う。膨大なリーダー作があって違いが良くわからない。
 だがマイルスの盤は、きっちりと一枚ごとにコンセプトが絞られてる。

 で、セカンド・クインテットの本盤。今回ムックを読んでて、ぐいぐい進歩を目に見える形で作ってた時期なのかな、と思った。マイルスは理想のメンバーと新たな音楽アプローチのアイディアを掴み、アルバムごとに工夫を凝らしてたのでは。
 それを実感したくて、改めて本盤を聴き直してるしだい。

 たとえばマラソン・セッション。手慣れたジャンルを突き詰めつつ、メンバーとの呼吸が合って名演が連発された。いっぽう本盤は、初手からマイルスの理想は音盤化してなかった。
 "ネフェルティティ"で至高となる幻想的な和音使い、"キリマンジャロの娘"から退廃的に崩れてく、混沌と急峻な支配のジャズへ。
 二つの時代をアルバムを重ねながら、もちろんライブも重ねながら作り上げていった。

 当時の様子をもっと知りたい。今回検索してたら、『ザ・スタジオ・レコーディングス・オブ・ザ・マイルス・デイヴィス・クインテット1965-68』キース・ウォーターズ著って本があると紹介のブログがあった。うおー、読みたい。翻訳は無いのか。
http://dot.asahi.com/musicstreet/archive/book/2013042200014.html


 歴史の流れを紐解いてみよう。まず"Seven Steps to Heaven"。本盤収録の3曲で、本クインテットの萌芽が産まれた。ただしサックスがジョージ・コールマンだった。63年5月14日の録音だ。
本盤は65年1月20~22日の録音。約一年半、リリースまでマイルスは時間を取った。

 でも実際は、その前にライブを重ねてる。初共演はいつだろう。
 緻密なDBサイト、Miles Aheadによれば音盤で残ってるのは64年9月10日にLAのテレビ局でのセッション。同年7月の来日から数ヶ月後の時期になる。
http://www.plosin.com/milesAhead/Sessions.aspx?d=6
 同年10月にはこのメンツで欧州ツアー。アメリカでもあちこちでギグしてたのかな。

 つまり約4ヵ月、アンサンブルを固めて本盤の録音に至った。3日間のセッション順に並べて聴くのも面白い。
 まず初日、1/20はアップテンポが2曲で(1)と(4)。ショーターとカーターのオリジナル曲。少なくとも欧州ツアーではもっと一般ウケする選曲をマイルスは選んでおり、本盤のような火が付く激しいオリジナリティは、ライブでやってない。もっともマイルスは、自らの作曲よりはメンバーの才能を吸収するイメージだが。

 ともあれ初日の景気づけに、威勢よくブチかましたのでは。ハイハットが軽快に鳴り、ベースが荒ぶる。和音分析はできないけれど、ハンコックの硬質な響きがサウンドにスリルを与えた。
 タイトでスピーディ。マイルスも軽快で小刻みなアドリブを聴かせる。

 続く1/21は(2)と(3)。鮮やかでシュッと細身の緊張感を持つムードはそのままに、ミドル・テンポを試してみた。カーターとハンコックの曲。才能溢れまくったショーターだが、本盤ではまだ前に出ることをマイルスが踏み切らない。むしろカーターの作曲を採用した。アドリブでは、たっぷりサックスもソロを吹かせてるけれど。
 じわじわ、ひたひたと迫りくるスリルが次第に構築されている。

 そして最終日、1/22。これが本セッションの真骨頂。LPのB面すべてを吹き込んだ。
 手数多いドラムのソロで幕開けの(5)だが、マイルスのソロの間にグッとテンポが落ちてくる。ショーターの時もそう。速いシンバル・レガートが、途中からずりずりとスローに向かった。そのあともう一度、テンポアップしていく。
 緩やかな落差と滑らかな変貌こそが、この曲の魅力だ。

 (6)と(7)は"ネフェルティティ"で頂点を迎える、クールな響きと浮遊するムード、そしてスリムに締まったアンサンブル。
 テンポは明確なのにリズムが漂う感じ。(7)の中盤、マイルスのミュートとサックスの軋むような音色が探り合い、よじりまとまりながらソロはマイルスからショーターへ受け継がれる。
 何ともスリリングで繊細な瞬間だ。
 
 完成前のぐつぐつ煮立つひととき。沸騰する瞬間の揺らぎと危うさ。そんな魅力が、本盤から滲んでる。マイルスはたぶん、本盤は単なる一里塚。完成度はまだ磨く余地あると思っていたはず。
 けれども作品としては、完成する寸前の危うい試行錯誤のもどかしさが、身をよじる狂おしい美しさとなった。

Track listing:
1."E.S.P." (Wayne Shorter) - 5:27
2."Eighty-One" (Ron Carter, Miles Davis) - 6:11
3."Little One" (Herbie Hancock) - 7:21
4."R.J." (Ron Carter) - 3:56
5."Agitation" (Miles Davis) - 7:46
6."Iris" (Wayne Shorter) - 8:29
7."Mood" (Ron Carter, Miles Davis) - 8:50

Recorded:
1, 4 on January 20;
2, 3 on January 21
5, 6, 7 on January 22, 1965.

Personnel:
Miles Davis:trumpet
Wayne Shorter:tenor sax
Herbie Hancock:piano
Ron Carter:bass
Tony Williams:drums

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