C.C.C.C. 「Phantasmagoria」(1991)

 理知的な混沌と、密やかなシンセの存在感がスリリングな初期作品。

 C.C.C.C.の単独名義では1stにあたるらしい。ぼくは現物でなく、4枚組Box"Early Works"(2007)で聴いており、当時の発表形態は不明。
 

 90分カセットテープの半分を埋め44分一本勝負。B面は空白で発売されたらしい。この辺が、よくわからない。リアルタイムで現物を手にしなければわからない、発表数が限られたノイズ界隈らしいことだ。
 本盤の音源は92年6月27日に、シアターPOOでのライブ。新宿にある小劇場で、今でも営業を続けている。http://www.poo.co.jp/

 C.C.C.C.とはCosmic Coincidence Control Centerの略。宇宙偶発制御中心・・・と訳しても、あまり意味がなさそう。のちにインキャパや非常階段で活躍するコサカイフミオが在籍した。のちにAstroなどで活躍する長谷川洋がリーダー、か。

 本盤を聴いて思うのは、混沌の集団ノイズを突き抜けたスペイシーさ。ドラム無し、ベーシストはいるがリズムや小節感は希薄だ。ノイズマシンやボイス担当のコサカイと日野繭子と、シンセを操る長谷川。
 音に中心を置かず、奔出する混沌を敢えて整理や制御しないでふっくらと小宇宙に封じ込めたかのよう。

 ライブ録音ゆえに、音バランスを操作できない制限はあったと思う。出音を録音にしては分離が良すぎ、PAアウトにしては音が深く混ざっている。出音を録音と思うが…。
 つまり出音ならば既に個々の音はミックスされ、音塊が出来上がっている。これをあとから場面ごとに、バランスやメリハリつけるのは大変だろう。録音時代的に、そんな機材があったかも怪しい。

 そこで本盤には出来上がったパッケージとして、出音そのものを提示した。途中でアナログ・シンセのひよひよとメロディらしきものが聴こえる。けれど全体的には傲然と立ち上がるエレクトロ・ノイズの暴風雨が降り注ぐ。個々の音は自分で耳を澄まし、脳で探らねばならない。
 
 音像はやはり一辺倒。あまり構築やストーリーは無く、全員が自由に轟音を出しつつ、長谷川が密やかに音をまとめる。シンセを操ることで、意味性を付与した。とはいえライブの瞬間、メンバーへ長谷川が指示も操作もするすべはない。
 自分の意を超えた世界で、自らの価値観を提示する。そんな人間社会の縮図を小宇宙で表現した、って解釈はうがちすぎか。
 
 このサウンドも、互いのメンバーが合意や基礎認識のもとに演奏してるようには思えない。互いの見せ場や対話性は非常に希薄で、ただただ重厚できめ細かく持続性あるノイズを溢れさせているかのよう。
 
 繰り返し聴く、をあまり想定していないためだろう。その点、メルツバウは非常に自覚的に構築性やコンセプトを音盤へ込めた。それが彼の特異性と思う。
 いっぽうで非常階段やインキャパ、C.C.C.C.はもっとシンプルに、出音の快感原則や混沌のもつパワーを重視に思える。
 
 そこでC.C.C.C.の立ち位置は、シンセへのこだわり。ノイズマシンとして電子楽器をとらえつつ、小宇宙を彩る道具としてシンセを投入した。ロディもノイズも行ける柔軟性を持つ道具として。
 本盤ではノイズの奥底で、シンセは厳かに存在感を出す。ゆるやかなうねりをもち、不安げなサイレンのように。視界の効かぬ暴風雨で、闇を照らす灯台のごとく。
 
 終盤での、シンセの存在感が顕著だ。これまで埋もれてた立ち位置を鮮やかに反転し、ひときわ目立つ。背後の構造がそれでも、あまり変わらないところがユニーク、かもしれない。

Track listing:
A.Phantasmagoria 44:32

Personnel:
Synthesizer, Voice – 長谷川洋
Electronics, Voice – 小堺文雄, 日野繭子
Bass – 長久保隆一


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