Bob Dylan 「Down in the Groove」(1988)

 今の路線に至る前哨戦みたいなアルバム。五目味で迷いを漂わす。

 別にむやみに良いとこ探しをする必要はない。過去の評価へ迎合するのもつまらない。
 時代性やキャリアを踏まえて評価をしたいが、先達の深い愛情を踏まえた知識に恐れをなす。なるたけフラットに、素直に楽しみたい。最近は、そんなことをずっと考えている。
 たとえば、本盤。ボブ・ディランがLP時代の終焉に発表したアルバム。収録時間は32分くらい。コンパクトなものだ。

 ディランは過去のキャリアを高く評価されつつ、リアルタイムのヒットには結びつかなかった80年代。あの空気感はなんとなく覚えてる。ディランもまだまだ隠居する気にはならなかったのだろう。なにせ、まだ40代後半だもの。
 しかしあれから30年近くたつ今、いまだにディランが現役でいてくれるとは、全く思わなかった。さらに同世代のミュージシャンが、こんなに現役感を持ってる時代になるなんて、ってのも含めて。

 萩原健太の名著「ボブ・ディランは何を歌ってきたのか」(2014)によれば、主に新曲を書くのに苦しんでたのでは、と分析する。


 全10曲中、6曲がカバー。極初期のフォークやトラッドからの影響を除き、ディランと言えばオリジナルだった。歌詞、メロディ、どちらもレジェンドになる楽曲を発表してきたもの。
 だが前作"Knocked Out Loaded"(1986)での3曲に続き、本作はむしろカバーの比率が高まった。当時はディランも苦しんでたのかもしれない。"Good as I Been to You"(1992),"World Gone Wrong"(1993)、そして"Shadows in the Night"(2015)、"Fallen Angels"(2016)とカバー・アルバムをてらいなく穏やかにリリースする、円熟したディランを見てる今こそ、本盤をむしろ素直に聴くべきでは。
 
 作曲家よりプレイヤーであり、シンガー。後付けなのはわかってるけど、ディランの試行錯誤を封じ込めた、奇妙な一枚だ。

 実際、録音も長丁場。このページで細かくまとまっている。ディスコグラフィもディランくらいになると、本も出てるしネットに情報が一杯だ。


 楽曲ごとに細かく違うため、Discogsからの情報を以下ではコピーする。いろんなミュージシャンを起用して、アイディアを投入してアレンジに工夫を凝らす。どんな方向性かを模索して、結局アルバム一枚にまとまらずゴチャッと固めたのが本盤か。

 喉はまだ溌剌。嗄れ声を朗々と伸ばす。むしろカバーで肩慣らしのつもりだとしても、気負いなくあっさりブルージーにディランは歌ってて面白い。時代のわりに、あまりデジタル臭さは無い。おおらかで生演奏のダイナミズムを素直に採用した。

 録音の時系列を無視して曲順で書くが、(1)は大味な大物感を出すブルーズ・ロック。ベースは今やアメリカン・アイドルのイメージが強くなったRandy Jackson。Steve Jordanと合わせ頼もしいビートを出す。脇をダニー・クーチマーが固めた。
 
 一転して80年代大味アメリカン・ロック風のリバーブがドラムにかかった(2)へ。ベースは鍵盤で、レイ・チャールズのレイレッツにいたMadelyn Quebecが奏でる。ぶっきらぼうなディランのギターは、マデリンのコーラスでわずかにゴスペル風にまとまりながらも、デモみたいな荒っぽさ。

 一転してハーモニーが分厚い(3)はビーチ・ボーイズを一瞬だけ連想した。カリフォルニアでミュージシャンを集めて爽やかなロックンロールを狙った本セッション、6曲を録音するも発表はこの曲だけ。同じセッションでサム・クックの"Chain Gang "も録ったらしい。聴いてみたいな。
 年寄りの冷や水っぽい、今一つリズムからごくわずか遅れて歌を重ねるディランのノリが、なんともはや。演奏はさすがにタイトだけども。
 なおこの演奏、実際はイギリス勢の手を借りた。ギターはセックス・ピストルズのスティーヴ・ジョーンズ、ベースはクラッシュのポール・シムノン。つまりパンク経由の荒々しさを吸収が狙いか。

 お次の(4)はオリジナル。簡素なリズムでディランのハーモニカと歌が支えられるけど。リズムはスライ&ロビーで、ギターはダイアー・ストレーツのマーク・ノップラー。何とも懐かしい顔ぶれだ。コーラスも分厚く起用してる。いっそこの路線で、しなやかに一枚まとめても良かった。そもそもこの曲、"Empire Burlesque"(1985)のアウトテイクらしいが。

 映画用に録音した(5)は当時最先端の硬い仕上がり。ベースにロン・ウッド、ギターにクラプトン。鍵盤にミッチェル・フルームなど豪華な名前が見える。エコーを聴かせた当時流行の賑やかなドラムが蹴飛ばすように、パブ・ロック風のカラッと油で揚げたサウンドを効かせた。まあ、こんなもんか。

 B面はさらにパリッとしない。これまでのセッションから、まあ出来のいい曲を並べたって感じ。(6)は(1)と同じサイド・メンに(2)の顔触れを混ぜ、女性コーラスを足して厚みを増した。録音日は違うみたい。この路線でアルバム一枚作ってたら・・・なんだろう、凡庸なカントリー・ロック風に仕上がってたかも。

 (7)は黒人女性コーラス隊のイメージを踏襲しつつ、リズム隊は硬質に。ドタスカな80年代ドラムを軸に粘っこく速いフレーズのベースで爽快に決めた。ギターが幾本もダビングに聴こえるが、地道にディランの演奏だろうか。
 だとしたらギターにこだわって、緻密なロックの路線へ行けてたかも。

 なぜなら(8)でゴスペル要素へ踏み込んだ曲を採用してるから。B面はアレンジこそどれも違うが、黒人音楽と格闘した残滓が伺える。ここでも(2)や(7)と同じように、マデリンが鍵盤とコーラスでクレジットあり。
 この曲ではディランのボーカルも冴えている。のびのびとシャウトした。もしもを重ねても意味はないけれど、むやみに時代を追わず内省的にブルーズやフォークと向かい合ったアルバムでも良かったな。

 (9)もあっさりしたアレンジ。マデリンらの分厚い黒人コーラスを背後に、マンドリンみたいな小刻みギターとエレキギターの多重録音。(7)と似たアプローチで、ベースも同じNathan Eastが担当した。(7)と同じセッションかな。
 悪くは無い。デモっぽい仕上がりながら。ディランのハーモニカも、生き生き鳴った。
 そして締めの(10)。やはりデモみたい。Larry Kleinのベースだけをバックに、ディランがギターを重ねた。残響たっぷりに、背後で女性コーラスがうっすらと聴こえる。
 本盤でも特に伸びやかな歌声をディランは堂々と提示した。

 簡素なデモめいた作品。だが、飾りっ気なしですがすがしい。この路線でアルバム一枚、でも良かった。・・・そればっかになる、本盤の感想は。
 アイディアが玉成せず、試行錯誤で迷走してる。

Track listing:
A1 Let's Stick Together
Bass – Randy Jackson
Drums – Steve Jordan
Guitar – Danny Kortchmar
Vocals, Guitar, Harmonica – Bob Dylan
Written-By – W. Harrison

A2 When Did You Leave Heaven?
Drums – Stephen Shelton
Vocals, Guitar – Bob Dylan
Vocals, Keyboards – Madelyn Quebec
Written-By – R. Whiting, W. Bullock

A3 Sally Sue Brown
Backing Vocals – Bobby King, Willie Green
Bass – Paul Simonon
Drums – Myron Grombacher
Guitar – Steve Jones
Keyboards – Kevin Savigar
Vocals – Madelyn Quebec
Vocals, Guitar – Bob Dylan
Written-By – J. Alexander, E. Montgomery, T. Stafford

A4 Death Is Not The End
Backing Vocals – Clydie King, Full Force
Bass – Robbie Shakespeare
Drums – Sly Dunbar
Guitar – Mark Knopfler
Keyboards – Alan Clarke
Vocals, Guitar, Harmonica – Bob Dylan
Written-By – B. Dylan

A5 Had A Dream About You, Baby
Bass – Kip Winger, Ron Wood
Drums – Henry Spinetti
Guitar – Eric Clapton
Keyboards – Beau Hill, Mitchell Froom
Vocals, Guitar – Bob Dylan
Written-By – B. Dylan

B1 Ugliest Girl In The World
Backing Vocals – Carol Dennis, Madelyn Quebec
Bass – Randy Jackson
Drums – Steve Jordan
Guitar – Danny Kortchmar
Keyboards – Stephen Shelton
Vocals, Guitar – Bob Dylan
Written-By – B. Dylan, R. Hunter

B2 Silvio
Bass – Nathan East
Drums – Mike Baird
Vocals [Additional] – Bob Weir, Brent Mydland, Carol Dennis, Jerry Garcia, Madelyn Quebec
Vocals, Guitar – Bob Dylan
Written-By – B. Dylan, R. Hunter

B3 Ninety Miles An Hour (Down A Dead End Street)
Backing Vocals – Bobby King, Willie Green
Keyboards, Vocals – Madelyn Quebec
Vocals, Guitar – Bob Dylan
Written-By – D. Robertson, H. Blair

B4 Shenandoah
Arranged By – B. Dylan
Backing Vocals – Alexandra Brown, Carol Dennis, Madelyn Quebec, Peggi Blu
Bass – Nathan East
Vocals, Guitar, Harmonica – Bob Dylan

B5 Rank Strangers To Me
Bass – Larry Klein
Vocals, Guitar – Bob Dylan
Backing Vocals – Alexandra Brown, Carol Dennis, Madelyn Quebec, Peggi Blu
Written-By – A. Brumley


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