姫神せんせいしょん 「奥の細道」(1981)

 日本の情景をシンセサイザーで電気仕掛けに仕上げたデビュー作。

 シンセ音楽は幼少の思い出が強烈に残っている。たしか祖父の知り合いとか、そんな程度の人間関係につれられて新興宗教の建物に行った。何教かは覚えてないし、知るつもりもない。だが白っぽくて丸天井の広間に立ちっぱなしで、けっこう長い時間を過ごしてたのだけ、ぼんやり記憶にある。宗教儀礼だったのか、単なるショーだったのかも不明だ。 立ちっぱなしでシンセサイザー音楽が流れる中、「退屈だなー。立ってて疲れたー。帰りたいなー。でもこの音楽、ふわっとしてるなあ」と考えてたことだけを、覚えてる。
 あの音楽、今聴いたらどんな印象を持つだろう。

 シンセ音楽はその幼少の記憶が意識の底に残り、何らかの思想性を込めた音楽って固定観念を持ち続けてる気がする。だから後年、いわゆるテクノを聴いてキッチュな楽器としてのみ扱う音楽性へ、ひそかに衝撃を受けた。
 で、無理やりに姫神せんせいしょんへ。喜多郎とイメージがごっちゃになるが、詳しくないので話はつなげない。

 本盤が1stとなる。最初は図書館でLPを見たのかな。せんせいしょん、と英単語をひらがなにする70年代サブカルチャー的なセンスのバンド名は、80年代に思春期を過ごしたナウでヤングな中学生には古臭さを感じたものだ。
 そして日本の情感を込めた音楽性にも、やはりロックにかぶれ始めたガキには違和感あった。

 改めて姫神せんせいしょんを聴いたのは、40代になってから。今聴くと、もう少し音楽と素直に向かい合える。思春期の早とちりや思い入れで妙にのめりこみすぎず、エキゾティック要素も冷静に聴ける。
 そして今聴くと、アレンジは画一的でなく色々と工夫を凝らしてたと気が付いた。やはり思い込みに終わらせず、折々に聴き返すべきだ。本盤は、そう思ったアルバムのひとつ。
 
 (1)はシンセの多重録音。砕け散る波頭もシンセだろうか。きらびやかな音色を主軸に、鳥の鳴き声めいた音も加わる。アルペジオと低音を軸にメロディはうっすら漂わせた。
 賑やかなエイト・ビートの(2)は弾む独特のノリが特徴だ。この日本風味は、祭囃子だろうか。エレキギターやベースへ途中でメロディは受け継がれ、きっちりバンド・サウンドだ。和風のエキゾティックさを持ち得ながらも、鮮やかなコード進行などフュージョンに通じる流れあり。タイトだがテクニックひけらかしではない。東北地方のリゾート・ミュージックと表現するのは偏見にすぎるか。東海岸の湾岸サウンド。穏やかな波間でなく、どこか激しく打ち寄せる。

 (3)は逆にメロディや和音で和風風味を出すけれど、ぶいぶい押すベースはむしろ西洋音楽寄り。今の耳だと打ち込みみたいなアレンジなほど、かっちり演奏がまとまった。メロディやソロはシンセ。ふっくらとしたアナログな音色で、くるくると音色が変わる。鍵盤をいっぱい積み上げて、弾き分ける映像が脳裏に浮かんだ。作曲者が佐藤将展のためか。

 むしろ尺八の再現狙いっぽいシンセな(4)は、逆に音色が古めかしく感じてしまう。のっぺりした響きのためと思うが。この曲もシンセの多重録音。メロディで小節感を出し、。ベース音が一拍目に鳴って音構造の輪郭を補強した。
 途中から拍手っぽい打ち込みリズムや金物でパターンを作る。一転してメロディアスに動くベースは手弾きかな。レイヤーが積み重なり、穏やかな厚みを表現した。

 (5)は耶馬台国とタイトルを冠した時点で、東北から離れてしまう。これもきっちりとバンド・サウンド。軽く跳ねるドラムへベースが寄って、鍵盤が味付け。ギターはコード弾きで軽やかさを表現した。
 メロディをシンセが務めるせいで主役がどうしても偏って聴こえてしまうけれど。シンセ・ドラムを混ぜたり場面転換のキメを次々入れたりと、楽曲アレンジともに工夫が一杯だ。どことなくほのぼのさが継続するとこは、味わいか。

 B面一曲目となる(6)は、前のめりのアッパーな作品。速いテンポでエイトビートを刻み、メロディが畳みかける。やはりアドリブ・ソロでなくフレーズ展開で楽曲を作った。中盤の音色が特に顕著だが、アナログ・シンセのポップさがYMOに通じるテクノな香り。
 時代を超えて、もっとも普遍的なポップスで聴けるのがこの曲ではないか。テンポが速くても緊張感が希薄で、寛いだ雰囲気が一杯だ。

 大仰な日本風味とフュージョン風の跳ねるビートを混ぜた(7)は、軽い音色やメロディで明るい空気だが、剛腕プログレにも行ける構造を持つ。ギターと鍵盤が短いフレーズでくるくる主役交換して、舞うような楽曲ムードを作った。

 アンビエント路線として耳をひくのが(7)のイントロ部分。のちに細野晴臣が追求する観光音楽に通じる。きっちりメロディはあるけれど、裏のフレーズや鐘の音が拍頭を微妙にずらし、浮遊させた。
 ドラムが加わるとありふれたインストに行ってしまう。時代ゆえ無理かもしれないが、イントロ部分のみで一曲を完成させてほしかった。

 本盤はアルバムとして33分くらい。一曲も3~5分と特に長くない。だがアルバム全体で単調さを感じてしまうのは、音色の趣味だろう。ほんわか柔らかな音色が続き、正直飽きてしまう。毒が少ないためだ。
 (9)もかっちりまとまったバンド・アンサンブル。でも音色のきらびやかさに少しばかり食傷気味。テクニックじゃなくムードや曲構造で聴かせるバンドなだけに。
 ただしアルバムを聴き進めてると、かなりドラムのタイトさを生かした曲が多いと気づく。

 最後の(10)は冒頭に戻るようなシンセ・サウンド。吹きすさぶ風をシンセで作り、荒涼さを響かせた。鈴めいた響き、ひたひたと迫るスネアで寂しさと侘び寂びを作った。
 そう、本盤を聴いてると日本人感性の強固さを連想する。借り物のブルーズ感やグルーヴィーさでなく、DNAにしみこんだ日本の旋律を感じる。若いころはロック至上主義で排すべき観念であり嗜好だった。だがこの歳になると、どうでもよくなるな。演歌を求めるオヤジになってきたってことか。

 なおCDは廃盤のようだが、mp3で容易に今は音源を入手できる。


 収録曲は(3)と(7)が佐藤将展、あとは全て星吉昭。だが逆に星のワンマンではなかったようにも見える。本盤ではシンセ音楽が主眼でなく、あくまでバンドとしてのアルバムだ。まだヒーリングとか、そんなコンセプトまで煮詰まっていなかった。
 なおこのバンドは"姫神"として星のソロ・ユニットに変わる。その星が04年に逝去ののち、本バンドの残り三人は追悼とし08年に"せんせいしょん"を結成、今までに3枚のアルバムを残しているらしいだ。
 
Track listing:
1.ありそ(荒磯)
2.奥の細道
3.リ・ア・ス
4.紫野
5.耶馬台国の夜明け
6.Gun-Do
7.岩清水
8.行秋
9.蛍
10.やませ

Personnel:
星吉昭:key
佐藤将展:ds
大久保正人:g
伊藤英彦:b

 デビューシングル音源。アルバムとテイクが違う。



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