Henry Kaiser 「Ice Death」(1977)

 自己を抑えるソロデビュー作、とあらゆる意味性を排した象徴的な盤。

 ニューヨークの70年代後半の即興シーンで活動を始めた鬼才ギタリストのデビュー盤。当時の界隈でジョン・ゾーンやクレイマーらと並んで重要キーマンだったユージン・チャドボーン他、ゲストを招いて短尺でルーツを感じさせぬ抽象的なアドリブを聴かせる。

 ヘンリー・カイザーは膨大なアルバムを誇る割に、あまりメディアで取り上げられない。ぼくも正直、あまり知らない。先日、TZADIK盤のソロを聴いて改めて興味を持った。
 テクニックのひけらかしやルーツ・ミュージックを回避した旋律づくりが特徴か。コンセプトの明確化もしない。本盤は例えばデレク・ベイリーめいた響きを持ちながら、音律を故意に外す志向を目指してもないし、当時のNY即興シーンの要素の一つなスカム系を意識でもなさそうだ。

 無造作で無秩序で、無味。だが捻る旋律は現代音楽寄りの理性を感じさせ、決してグルーヴやビートとは馴染まない。

 冒頭曲はキャプテン・ビーフハート"Trout Mask Replica"(1970)をまっとうに、若干クリーンな音色でカバーした。だがそのあとは混沌の嵐。コード進行や作曲を意識させぬ音列が並ぶ。
 さらに曲によってはチャドボーンや他のギタリストを招いたセッションながら、特段の企画性を感じさせぬ。多重録音でもよかったのでは。余りにとっ散らかり、冷徹なインプロだ。けれども欧州フリージャズのスピード感とも異なる。どこかしら穏やかでのんきだ。

 リズム楽器を配さず、ノービートで小節線の読めないフレーズが続く。長い尺で盛り上がりやストーリー性も作らない。ほんとうに、何物にも縛られない。

 演奏はHenry KuntzやJohn Oswald(この人は当時の即興シーンでよく見る名だ)とのサックス・バトル。きしきしとフリーキーにサックスは鳴りながら、ギターは釣られず調子っぱずれに弦を爪弾く。この独立独歩性が、強烈な個性だ。

 曲名は"Duo"や"Trio"と銘打ちナンバリングしたそのままと、普通の曲名が交錯した。一曲ごとの違いは偶発的な音の出し方だけで、特段のコンセプトを読めない。
 一曲くらい抜けても別に不自然じゃないくらい、必然性から対局にある即興だ。

 盤としてのクライマックスは、A(7)の10分とB(1)の15分にわたる作品。
 だが前者は軋み音と適当にかきむしる弦が飛び交う、硬質なインプロ。サックスやチェロがギターとほぼ同じ立ち位置で、不毛なサウンドをばらまいた。
 後者はチャドボーンとのデュオで、じゃっかんスカム寄りのむちゃくちゃな混沌だが、バカ騒ぎが主体ではないストイックな世界を延々と提示した。途中からビートを完全に離脱し、長く音を伸ばす静かなアンビエント風味を響かせる。
 何が凄いって、どっちの音がカイザーかわからない。自分名義のデビュー作だぜ、これは。
 
 デビュー作で、この潔い割り切りっぷりは凄まじい。
 今ならば、この音楽も既に立ち位置が時代の中で納まっている。だが77年の段階でジャズやブルーズ、欧州フリーとは全く違うベクトルで、この突き抜けた即興は確かに新しかった。ぶっちゃけ今でも、この盤の透徹性は有効だ。

 当時にたとえばジョン・ゾーンは即興へルールやスタイルを明確に定義することで、個性を出した。カイザーは全く逆だ。ぬぼっと立ち、その場限りの瞬間的な音を出す。徹底的に意味や自己アピールを削ぎ落した。
 ギターの音からしてエフェクトも控え、ギターをぐっとボリューム上げたミックスもしない。あくまでも楽曲の一要素と、ひょうひょうたるもの。

 個性を出さない、意味を排した即興。そんな新しさを内包した音楽が、ここにある。聴いてあまり心沸き立たないのが難点。
 そして最後の最後で、まともなメロディを持つ曲をカイザーは演奏した。この辺が、自己アピール欲と相談のぎりぎりな落としどころか。

Track listing
A1 Dali's Car 1:30
A2 From The Heart 3:20
A3 Trio 19 1:22
A4 Trio 242 4:50
A5 Ice Death 2:08
A6 Harry The Possum 2:26
A7 Blue Dolphin 10:20
A8 Duo 06 2:04
B1 Wind Crystals 15:14
B2 Trio SC1 1:15
B3 Happy Hour 1:34
B4 Trio SC5 1:35
B5 Duo 07 1:45
B6 Old Missouri 1:28
B7 Welcome Space Friends 1:17
B8 Victoria B.C. 3:57
B9 Bagpipes 1:00

Personnel:
Acoustic Guitar - Eugene Chadbourne (tracks: B1), Henry Kaiser (tracks: A8, B1 to B3)
Alto Saxophone - John Gruntfest (tracks: A8), John Oswald (tracks: A2, A6, B2 to B4, B6, B8)
Cello, Vocals - Laurel Sprigg (tracks: A3, A4, A7)
Electric Guitar - Chris Muir (tracks: B9), Evan Cornog (tracks: A1), Henry Kaiser (tracks: A1 to A7, B4 to B9)
Tenor Saxophone - Henry Kuntz (tracks: A2 to A4, A5, A6, B2 to B4, B7)
Trombone - Loren Means (tracks: B5, B7)

 なお音は、このブログで聴ける。
http://thehenrykaisercollection.blogspot.jp/2014/05/henry-kaiser-ice-death-1977.html


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