現実感が無い。

 本当かよ・・・。

 水曜から出張で、金曜の朝に帰京。トラブル対応で昨日、会社を出たのは23時半。家に着いたのが1時ごろ。そのまま寝て、今。なんだか、ずうっと長い旅に出ていたかのようだ。だから恐ろしく、現実感が無い。

 プリンスが死んだって、嘘だよな・・・?

 ぼくは雑談で「好きなミュージシャン」を聴かれたとき、「ザッパと達郎とプリンス」と言う程度には、プリンスが好きだ。「気持ちわるい人だよな」と一般受けしないが、それでも好きと公言し続けたし、パープル・レインで知ったあと、ずっと彼の音楽を聴いてきた。ブートも一番聴いたのは、彼の盤だと思う。
 なのに、プリンスが死んだって?嘘だよね。ははは。

 プリンスは非常な才能と非常なコンプレックスを武器に、音楽業界を生き抜いてきた。コンプレックスは肉体的なところ。小柄でマッチョイズムへ無縁な体格と、細い声帯。およそ黒人音楽の理想とは違う。ストロングをアピールする価値観で、筋肉ムキムキやむせ返るようなセクシーさと、プリンスは全く無縁だった。
 だがプリンスはそれを跳ね返し、しなやかな体形と強烈なダンスの躍動感、そして欠かさぬハイヒール。なによりもマスコミをシャットアウトし、オフの姿を極力見せない強靭なイメージ・コントロールで自らのブランドを守り抜いた。

 JBの激しい動きのみを踏襲し、彼の汗臭さや豪快さはまったく抜きに洗練さだけを追求した。マイケル・ジャクソンのスマートさと共通性を持たせつつ、変態的なイメージを取り入れ、大衆消費を慎重に避けることで自らの神秘的なブランド・イメージを保ち続けた。
 映画ではコケたが、ビジネスでも成功をおさめ自らの豪邸と王国を維持し続けた。 今回、プリンスが倒れたのも自宅スタジオへ行くエレベーターの中らしい。ローン残ってたとか詳しく知らないが、少なくとも豪邸には住み続けてた。
 
 歌だってそう。カーティス・メイフィールドやアル・グリーンが例外。プリンスの「アーオァ!」ってハイトーンのシャウトはJBの影響を見せつつも、根本的に違う。また、地声もすごく線が細い。
 だがプリンスはデビュー初期はファルセット主体で、自らの不利を克服した。
 歌でいうと、プリンスの武器と凄いところは、喉を振り絞るシャウトだった。あの声を潰し続ける歌唱方法で、伸びやかさとパワフルさを維持し続けるとこは、他に例を見ない。すさまじく強靭で柔軟な声帯だ。

 そして、才能。こっちは言うまでもない。弦と管以外はすべて自分で演奏をこなし、膨大な作曲を行うアイディアと体力。アレンジやプロデュースまでコントロールできる。00年代くらいからだっけな。ミキシングなどにもクレジットされてた気が。ペイズリー・パーク・スタジオでスタジオワークを着々と身に着けてたのかもしれない。

 プリンスのミックスやマスタリングはある意味で異常だった。いわゆる流行りのベタッと押し付けるマスタリングではなく、個々の楽器を生かしたり、妙に硬い音だったり。流行とは別次元で、自分の世界を模索し続けた。続けた、か。あああ、過去形でかよ・・・。この点は長くなりすぎるので、今ははしょろう。

 だめだ、色々と思いが溢れすぎる。

 プリンスはリアルタイムで追っかけても、なかなか全貌がつかめない。インターネット時代に断片的なリリースを駆使した。オリジナル・アルバムですら、今はすべてを容易に入手できない。廃盤もいっぱいある。プリンスが、だぜ?膨大なリリースでなかなかわかりづらいが。
 ずっと追ってきたぼくも、入手しそびれた音源がいくつもある。
 だが手に入る音源だけでも山のようにあり、聴きこみきれない。それが、プリンスの恐ろしくも素晴らしいところだ。

 そして未発表曲だって何百曲もある。ライブのマスターもあるのなら、たぶんこれから毎年10枚CD出したって、向こう30年くらいリリース材料に困らない。このあと音盤の権利を、だれがどう管理するんだろう。

 おそらくぼくはプリンスの音楽全てを咀嚼することは不可能だ。たぶん、今後も無理。
 だが。だからこそ。プリンスは早死にしてほしくなかった。ずうっと生き続けて、惜しみなく音楽を創造し続けて欲しかった。
 思いが頭を色々溢れ巡り、書ききれない。
 とにかく・・・素敵な音楽を本当にありがとう。プリンス。
 

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