TZ 7010:高橋悠治 "Finger Light"(1995)

 日本情緒を涼やかに実験要素へ封じ込めた作品集。聴きごたえ一杯。


 日本を代表する現代音楽の作曲家/奏者の一人、高橋悠治がTZADIKで発表した今のところ唯一のリーダー作。あえてか、当時の志向か不明だが、日本情緒あふれる作品群をまとめた。後述のように録音場所も時期もバラバラ。TZADIK用に、音源をいくつか渡しただけ、と思われる。

 アルバムの統一性は通底する風味。厳かな透徹性と、古めかしい厳粛さが同居する。雅楽や日本伝統音楽に親しむ人ならば、違う感想を持つかもしれない。ぼくはほとんど聴いたことが無く、この手の音楽は伝統音楽のイメージ。実験要素も、新風を吹き込むか新奇性を加えるという、素直でないアプローチを連想する。
 つまりいったん頭の中で断絶してしまい、音楽性そのものは日本人としてスッと馴染むが、親しみは薄い。

 高橋悠治は他の現代音楽家と比べて、坂本龍一らとの交流で比較的親しみやすくはあるが、やはりはるか上の世代の人って思いこみあり、あまり積極的に聴いてこなかった。
 今回本項を書くため調べたら、自らのWebで楽譜も含めて丁寧に自作をまとめている。
 これは分析しながら聴く人には、便利だろうな。後述の曲目リストに、譜面のURLも貼っておく。もとのURLはこちら。
http://www.suigyu.com/yuji/

 全4曲、奏者はまちまち。最後の一曲が自作のピアノ独奏曲以外は、三味線を中心に日本音楽を料理した。

 (1)のすががきとは清掻などと書き、 江戸初期の三味線の曲を指すそう。譜面を見ても、どこを弾いてるかわからない。細かく奏法を指定の一方で、断片的なフレーズを作曲し、実際の繰り返しや構造は奏者にゆだねている。即興でもあり、細部まで作曲されてもいる。
 旋律の空気は無理やりの西洋かぶれは皆無。日本らしい旋律と思うが、実際のところはわからない。少なくとも譜面見る限り、破天荒な構造だ。
 じっくり聴くことで、この曲への親しみが増していくだろう。二本の異なる三味線が、時に鋭く響きあうさまだけ取り出すと、タッチやノリはすごく現代的に感じた。

 西洋楽器のビオラを加え、笙のドローンも重ねた(2)も、トリッキーな作曲。そもそも笙は雅楽のイメージが強く、神道の聖なる印象が抜けきれない。奏者は大友良英などとも共演歴あり、この界隈では第一人者の石川高だ。
 CDのライナーに記載は、この曲の笙の楽譜。

 譜面はやはり断片で奏者に自由を与えた。笙の楽譜が主体となり、ヴィオラやナレーションが絡む構成のようだ。音だけ聴いてると、最初はヴィオラが主役かと思った。それくらい、笙の響きは高らかに厳かに耳へ自然に滑り込む。遥か高い帯域で空気を揺らす、笙の清らかなうねりが本当に美しい。
 ナレーションはオシップ・マンデリシュタームの詩。19世紀初頭、ポーランド出身のユダヤ系詩人。なるほど、ここでTZADIKのコンセプトとも折り合いつけたか。
 演奏は緩やかなノリを持って、鈍く進む。ビオラと笙のからまり、寄り添いそうで離れる乾いた関係性が素敵だ。

 (3)は三味線の譜面で書かれており、良く読み取れない。譜面に記載のコメントによれば、二挺の調弦を変え、サワリがかぶらないようにした。つまり倍音を不安定にして、神秘性を強調か。
 これもまた、じっくり聴き進めるほどに味わいを増すはず。ふわふわ漂う抒情的な響きは、とても危うい。歌声が入り、ぱっと聴くと古めかしさも感じるが。もちろん古典的な謡いとは、全く違う。この手の音楽を積極的に聴くことは無いのだが、譜面を見られるとなると、とたんに分析的にじっくり聴きたくなるのが不思議なもの。

 最後の(4)こそ、譜面を見て謎が深まる面白い作曲だ。ところどころで観客の咳払いもマイクが拾ってて残念。
 譜面はただでさえ癖のある崩し字で、何を書いてるかほとんど読めない。
 指の動きだけを指定し、音程やリズム、テンポはすべて自由。手書きの図形楽譜が延々と並ぶようなもの。かなり譜面は絵面がシュールだ。琴、鳥、迎、蔭、笙、止めるの6部作だが、日本語が読み取れない。
 譜面見ながら聴いても、どこを弾いてるかさっぱり。

 音だけ聴いてると、間を生かした現代音楽に聴こえたが、ここまで突き抜けたアイディアの曲だったとは。バッハ演奏など高橋のピアノ音楽を聴くとわかるが、抜群のアクセント処理の強靭さを持つ、独特の高い演奏力を持つ。
 20分越えの長めな曲は、コンセプトゆえに旋律の再現性が低く、涼やかな心地よさはあるが、かなり単調でもある。けれども譜面を見て、アイディアの斬新さにワクワクしてきた。 

 この曲は指使い以外、すべては奏者にゆだねられた。自演曲がゆえに、この曲は時間差置いた即興ともいえる。譜面通りに弾いてるか、初演ならば高橋以外にはわからない。再演でも、譜面見ながらでも、わからないかもしれないが。
 するとこの演奏は、作曲段階と演奏段階で即興的な思考が時間をおいて演奏に注がれた、とも言える。そんなダイナミックな時空の流れも、なんだかとても興味深い。

Track list/Personnel;
Sugagaki Kuzushi [1993] (9:40)
すががきくずし(三絃/唄、太棹)
http://www.suigyu.com/yuji/score-pdf/sugagaki-kuzushi.pdf
高田和子: 細棹三味線, vocal
田中悠美子: 太棹三味線
Recorded at ABC Hall, November 30, 1994

Mimi no Ho (Slukh tjutkij parus napragajet) [1994] (10:29)
耳の帆 (笙, va, nar)
http://www.suigyu.com/yuji/score-pdf/mimi-no-ho.pdf
石川高: 笙
数住岸子: viola
Vladimir Tonkha: poetry reading (text by Osip Mandelstam)
Recorded at Hibiki Hall, Kita-Kyushu City, May 28, 1994

Kagehime no Michiyuki [1994] (13:01)
影媛の道行 (2三味線弾き語り)
http://www.suigyu.com/yuji/score-pdf/kagehime.pdf
高田和子、下野戸亜弓: 三味線, vocal
Recorded at ABC Hall, May 19, 1994

Yubi-Tomyo [1995] (20:26)
指灯明
http://www.suigyu.com/yuji/score-pdf/Yubi-Tomyo.pdf
高橋悠治: piano
Recorded at Asahi Marion Hall, February 24, 1995


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