Sonny Rollins 「The Solo Album」(1985)

 孤高に挑戦し新境地を達成した、崇高で貴重なアルバム。

 55歳のロリンズは本盤で、本質的に新たな地平に立った。
 サックス・ソロが新境地ではない。フリーとも違うレベルの、独立独歩なソロ・ジャズ。これが本盤の特徴だ。
 コーダルな演奏を踏まえ、小節を生かすこともそのままリズム隊を足すこともできる。けれど本盤では小節感を軽々飛び越え、テンポもぐらぐら揺らす。それでいて暴力的なフリーとは全く逆ベクトル。単なるブレイクで、一呼吸置いたらリズム隊が入ってくるのでは。そう思わせて、延々とテナーのソロが続く。

 活動初期から自らを目立たせることに腐心し、ピアノすらも除く編成を視野に入れ吹き続けたロリンズ。隠遁し練習を続けたという、ロリンズ。その橋に向かって吹いたと思しき演奏の幻想を、本盤で味わえる。つまりマニアの期待にも応えつつ、一般性を失わない。絶妙の立ち位置でいながら、ロリンズしかなしえない演奏形態をとった。

 フレージングは時に手癖っぽくフレーズを繰り返し、いきなり奔放にメロディアスな世界へ跳躍するロリンズ節。タンギングなしでブラブラと吹きまくる箇所はちょっと辛いが、しっかりタンギングして明瞭な旋律はやはりしびれる。
 曲ではない。完全即興、なのもミソ。メロディやコード進行に頼らず、フリーに吹いている。それでいて、フリージャズとは明らかに違う、時代を生き抜いた貫禄がぷんぷん漂う。

 アルバムとして聴いたとき、フレージングの新味やテクニックの妙味で聴かせはしないため、それなりに集中力はいる。苦痛ではないが、刺激とはちょっと違う立ち位置なためだ。
 決して自己満足のつまらない音楽ではない。
 ロリンズの存在そのものへ純粋に触れる盤、と楽しみたい。むしろこの音が、このフレーズが、なぜ現れたのか。色々と妄想を繰り広げながら聴いたほうが楽しめるかも。
 例えば(1)の18分過ぎ。や(2)の2分過ぎ。明らかに"曲"をロリンズは吹いている。ここから再び即興へ向かう流れ。どんな考えで吹いてたんだろう、とか。

 本盤では2トラックの長尺2曲だが、間にしばしば拍手が入る。決して息もつかせぬ独りよがりの世界ではない。観客を意識したパフォーマンスだ。
 サイドメンの存在を許さぬ、閉じた自意識が産んだ演奏ともいえるのだが。
 そう、本盤はライブ盤。85年7月19日に地元NYのMoMA(Museum of Modern Art)で行われたSummerGardenプログラムの一環で披露された。"There Will Never Be Another You"(1965)と同じ場所。またここで、ロリンズの転機ライブが行われたことになる。

 かといってロリンズは、独奏路線をこの後突き進むわけでもない。挑戦であり気軽な自己表現の一つ、だったのかもしれない。
 けれどロリンズのアルバムを今回まとめて聴いていく中で、本盤の立ち位置は、格別に気高い。

 なお。ロリンズの完全ソロの披露は本盤が初めてではない。例えば79年にビル・コスビーの"The Tonight Show"出演時の演奏が、こちら。

 本稿で言いたいのは、一時間にわたり無伴奏ソロをライブで繰り広げ、それを「アルバム」としてリリースまでひっくるめた、作品としての完成度。実験作ではなく、エンターテインメントとして。このすべてが新境地と考えている。
 率直なところ、単に公開練習と割り切れば、一時間吹き続けなんて容易だろう。だがロリンズは本盤で音楽作品として、一時間吹ききった。この集中力が、素晴らしい。

Track listing;
1. "Soloscope, Part 1" - 28:15
2. "Soloscope, Part 2" - 27:55

Recorded at the Sculpture Garden of the Museum Of Modern Art, NYC on July 19, 1985

Personnel;
Sonny Rollins: tenor saxophone




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