TZ 7208:巻上公一 "Kuchinoha"(1995)

 発音発声の多彩さを思い知らされる、痛烈なアイディアに満ちた盤。

 巻上の個人技は、テレミンも口琴もある。ヒカシューで披露される歌手の側面も。つまり美声の技術もある。
 だが本盤は徹頭徹尾、純粋な即興へ。喉と息と口腔と、アイディアのみで構築した。歌詞や意味も極力排出した。

 巻上公一のボイス・パフォーマンスはフリークスの狙いだ。非常に演劇的なアプローチで、音楽のスタイルではなく巻上自身の個性や存在感を前面に出す。つまり特別なビートや、口を楽器として位置づけたテクニック追求ではない。
 面白い音、変な声、妙な息遣いやタイミング、そんなヘンテコさをいかに次々提示するか。そんなことを考えてるように思えてならない。
 いわばコピーやフォロワーを求めず、排除する。唯一無二を目指す。複製芸術や模倣がポピュラー音楽の一つの側面ながら、巻上は全く違う方向を向いた。

 これは"即興の純粋性"を追求の音楽的な嗜好より、むしろ個性的であれ、との巻上自身の生き方の指標の表れと解釈している。

 (1)でのシャウトから(2)の浄瑠璃(?)みたいな純日本的文化の独自解釈、(3)のホーメイを基礎にし独自解釈のドローン展開。曲ごとに巻上はどんどんとアイディアを放出した。
 (4)で再びリズミックに。一応小節感はあるが、どんどん譜割は変わる。ヒステリックなほどのまくしたてと、喉を潰す発声がころころ変わる。(5)はビートものと思わせた瞬間、ノービートで喉の締めや絞り出しなど声技の披露に向かった。

 (6)は発音の可能性を追求し、口の形や息の量、喉のしぼり具合や舌でのパーカッションなど、素晴らしく多彩だ。本盤でベスト・テイク。
 ふたたびホーメイで幕開けの(7)に。頭蓋骨へたっぷりと反響させる、オーソドックスなホーメイを存分に披露した。
 (8)は演劇的な悲鳴めいた息の進行。喉と口腔を変化させながら、呼吸そのものを音楽に仕立てた。

 (9)はリップ・ノイズから始まる、静かな電子音楽みたいな響き。息音も混ぜた。ここまでの肉体性とは逆ベクトルな、完全に道具として口を使ったユニークなアプローチだ。5分以降で吐息に変わり、妙にセクシーな雰囲気へ。
 意味性を極限まで排除した、こういう曲も面白い。本盤で傑作の一つ。

 タイトルの「クチノハ」とは巻上の造語か「口の葉」とでも書くのか。日本語でいう"口の端"か。いずれにせよ「クチノハ」って言葉は気に入ったらしく、のちもコンサートのタイトルなどに、巻上は使っている。

 さらに巻上の個性は、ボイス・パフォーマンスに置いて起承転結が希薄なこと。どこで切っても成立する。完全即興ゆえの仕組みに加え、盛り上がりやコンセプトをあまり意識させず、常にトップギアでアイディアをばらまく。柔軟さと思い切りの良さが特徴だ。
 にもかかわらず散漫にならない。テンションが常に保たれる腰の強さが凄い。

 時代を経た今でこそ、本盤は「巻上らしい奔放な一枚」と冷静に聴ける。しかし20年前、本盤が出たときは先駆者だ。衝撃度合いは、今と比べ物にならない。予備知識が邪魔だ。巻上のことを何も知らない音楽好きがいたら、多分その人が本盤を一番楽しめる。

Personnel;
巻上公一:Voice
 "No Effect,No Overdubs,No Edits"


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