"Metal Machine Music" Lou Reed (1975)

 ...although the actual runtimes vary.先駆者は理解されない。


 毀誉褒貶どころか困惑と悪評の嵐なギター・ノイズ集の2枚組。しばらく入手困難だったこともあり、ぼくが耳にしたのは21世紀になってからかもしれない。
 メルツバウを筆頭としたハーシュ・ノイズに慣れた耳だと、本盤は耳の準拠枠がいっぱいある。ノイズでもいいし、電子音楽でもいい。後年ジョン・ゾーンと共演するルーの姿を補助線に、前衛即興の箱に入れてもいい。
 いっそ現代芸術の枠でも評価されるだろう。

 だが本盤が75年発表、の時点を見据えなければいけない。たしかにクセナキスなど先駆者はいた。ノイズがルーの専売特許ではない。フィードバック・ノイズも、ジミヘンあたりを代表にロックの分野でそれなりに馴染んでいたろう。

 本盤の凄さは、決断力と実行力だ。今の耳で聴くと低音が足りない(ように聴こえる。最新ミックスだと改善してるかな)。チューニングを変えた複数のギターをアンプの前に置き、フィードバックを録音したという本盤だが、確かに幅広い周波数が飛び交う一方で高音中心の歪みが全編にあふれる。
 すごいのは、退屈なアイディア一発でないところ。ノイズは常に蠢き続け、ひらひらと舞う。数本のギターがダビングされつつ、音の塊になってない。

 ルーは生涯、ギターの鋭い音色にこだわった。エレキギターの歪みを常に、クリーンかふくよかに鳴らすことへ執着した。その価値観は本盤にも溢れてる。
 周期も音域も違うフィードバックが、並行して溢れ波打つ。当時、サンプリングなんてものは無い。次々に暴れるフィードバックを、ルーはどうやって記録し作品化したんだろう。

 本盤のノイズは即興的な作品だが、決して偶発性に任せない。明らかに意思を持ってミックスされている。時に小刻みに斬られる一方で、延々と音像の皮相的な色合いは変わらない。
 最初は小さく、本盤をかけてみるといい。耳が慣れるにつれ、もっと細かい音構造を知りたくてボリュームを上げるはずだ。そして耳がつかれて、ボリュームを下げていくはずだ。
 生理的に苦痛なノイズの連続は、やせ我慢しても仕方ない。家で聴くときくらい、見栄を張らずに体感の思うまま、ボリュームを上げ下げすればいい。だが、作り手はそうはいかない。ルーの集中力を持った、本盤の創作力と構成に驚嘆する。
 
 ギター・ノイズをただ録音して、はいできた、って作品ではないのだから。時に単調なパターンへ陥りそうだが、それでも本盤は常にさまざまな色合いを魅せる。
 意図的に複数のノイズをまとめ、一つの作品へ仕上げた。見事な作曲だ。

 繰り返す。ノイジーな本作は、かなり聞き手を選ぶ。ノイズ作品に慣れていても、本盤は根本が違う。ノイズの多くは音色そのものへの快楽原則が、どこかに控える。快/不快を別にして、ハーシュの轟音へ身をゆだねるのは、なんらか気持ちいいからだ。
 だが本盤はフィードバックを複数重ねることで、奇妙なレイヤーを持つ作品に仕上がった。ただ聴いていると、異なるバイブレーションが同時に襲い掛かり、とても緊張する。

 本盤を聴いて寛げるのは、ノイズの音構造を理解した場合のみ。つまり聴きこむか作り手でないと、楽しめない。文字通り、そういう作りになっている。
 だからルーは凄い。75年、ソロ5作目。キャリアを積み重ねる過程において、あっけらかんと本盤をリリースした決断力と、実行力にしびれる。

 本稿末尾に、Discogsから転載したクレジットを載せておく。意味不明なものもあるが、ストイックにノイズへ向かい合ったスタンスを強調したい想いが伝わる。
 PA卓の操作を最小限に、さまざまなエフェクターを通し、ギター・ノイズを集積したと言いたいようだ。シンセ無しと宣言が、ルーのこだわりか。記載された周波数帯域が本当ならば、かなり低音も入っているはず。高音成分ばかりと感じるのは、PCでリッピングして聴いてるせいかな?

 ...although the actual runtimes vary.
 もう一度、引用しよう。Wikiの本盤解説の文章からだ。
 本盤はLP4面、すべてが16分1秒と表記されていた。だが実際は、各面とも収録時間は異なる。
 すなわちアルバム・クレジットそのものからして、罠が仕掛けられている。ラジオDJもリスナーも、レコード会社すらも誰も非難すまい。聴かないだろうから。
 ルーは発売当時、16分1秒も深遠なコンセプトの一つとしてインタビュアーに説明しながら、腹の底でせせら笑ってたのかもしれない。
 
 ルーの作る音楽が、ぼくにすとんと落ちたのは"New York"(1989)以降だ。"Transformer"(1972)や"Berlin"(1973)は、傑作と思うがシンパシーは薄い。
 決してあり得ない仮想歴史だけれども。ルーが詩人の要素を控え、ノイジシャンとして"Metal Machine Music"路線を追求していたら。ぼくはどんなふうに、ルーを聴いていただろうか。

 そしてぼくはやっぱり、今夜も本盤を最後まで聴きとおせない。酩酊には耳に痛く、轟音へ浸るには厳しい。興味深い音像ではあるが、ワン・アイディアで延々と続くミニマル性が退屈に感じてしまう。この一本調子が、例えば常に変化し続けるメルツバウと違う。
 もっとも10分程度の本作では意味がない。やはりLP2枚組、約1時間の長さあってこそのノイズ作品だろう。苦痛と退屈をこらえて聴きとおしてこその、本作なのだろう。


Text on the sleeve:
"SPECIFICATIONS
Sony 1/2 track
Uher 1/4 track
Pioneer 1/4 track
5 piggyback Marshall Tube Amps in series
Arbitor distortor (Jimi's)
Marantz Preamps
Marantz Amps
Altec Voice of America Monitor Speakers
Sennheiser Headphones
Drone cognizance and harmonic possibilities vis a vis Lamont Young's Dream Music
Rock orientation, melodically disguised, i.e. drag
Avoidance of any type of atonality.
Electro-Voice high filter microphones
Fender Tremolo Unit
Sunn Tremolo Unit
Ring Modulator/Octave Relay Jump
Fender Dual Showman Bass Amp with Reverb Unit (Pre-Columbia) white
No Synthesizers
No Arp
No Instruments?
--10 db + 57db
--20 hz--+30,000 hz
--12 hz--+28,000 hz
Distortion 0.02 bass and treble ceilings
Combinations and Permutations built upon constant harmonic Density Increase and Melodic Distractions.
STRICT STEREO SEPARATION
No panning
No phasing
No"


関連記事

コメント

非公開コメント