"再確認そして発展:Re-confirmation" 菊地雅章Sextet (1970)

 リズムの奔流とモーダルな光景が、みずみずしく古めかしい一枚。


 日野皓正とのクインテットを68年に始動、同年9月に解散。バークリーに留学した30歳の菊地は翌年に帰国し、発売したのが本盤となる。2ドラムと2鍵盤。マイルスの影響をどっぷり受けつつ、より洗練しパワフルさを明瞭にしたアルバムだ。
 正直、菊地のセンスにメンバーがついていけてない。そのぎこちないリズムやフレーズ感が本盤に古めかしさを与え、一方でいまだ色あせぬ斬新なコンセプトに耳を奪われた。

 ライナーで菊地が曰く「我々の周囲において、ほとんどのジャズは音楽の意味を失いつつある」。
 50年代のモダン・ジャズの意味合いなら、確かにそうだろう。けれど本盤が録音された70年3月には、まだジャズにスリルも拡大も進歩も残されていた。45年たった今から遡って考察すれば、だ。このとき菊地の頭に浮かんだ「失ったジャズ」とはなんだったのか。それがすごく興味ある。

 そもそも本盤で聴けるジャズは、今でも斬新さを失わない。ポリリズムではないが、互いにリズム・パターンがかぶらぬように配慮した、二人のドラムがリズムへ厚みとすれ違いを作った。全く同じテンポで叩きながら、バタついたうねりを産むことじたい、打ち込みジャスト至上主義を経過した今では不思議なムードだ。

 あえてベースとサックスを一人だけ置き、軸とフロントも中途半端な立ち位置を作る。
鍵盤もエレピとピアノの二項対立を設定しながら、菊地雅章自身は生ピアノを弾く。エレピは賑やかしか。夢見心地なジャズを設定ならば、菊地雅章こそがエレピだろう。
 本盤でエレピは弟の菊地雅洋だから、名字だけで書けない。妙にこの文章はくどく、わかりづらいな。

 ある意味、峰厚介だけが菊地のコンセプトを鋭く昇華した。硬質に響かせるサックスは、むやみに音を歪ませず丁寧に混沌を表現する。ドタバタなリズムと打音があやふやな鍵盤、そして奔放に好き勝手なピアノ。
 (1)の無秩序なジャズ世界を、サックスが明瞭に突き進む。

 全6曲入り、実際は10分以上の長尺3曲が芯であり、残るうち2曲が3~6分の小品。残る1曲は30秒あまりの断片だ。
 じっくりと菊地は楽曲を展開する。あえて一つの旋法へこだわってるわけじゃないので、真の意味でモーダルとは異なる。けれども酩酊する一本調子な和音感の中、ミリミリと沈むようにねじ込んでいくフレージングにモード的なアプローチを感じた。

 前半は楽曲が変わってもアルバム全体のトーンは、恐ろしく変わらない。猛然とリズムが鳴り響き、フロントの抽象的なアドリブだけがするすると移り変わっていく。
 (3)の最後でテーマに戻り、急に和音転換の色鮮やかな風景が現れるさまもスリリングだ。

 後半は比較的しっとり。(5)の小品をイントロ的に挟み、(6)で滑らかな空気を広げる。"Dancing mist"でもそうだったが、前半と後半で明確にムードを変えるのが、律儀であり今の耳では古めかしい。どっちかの世界で統一したほうが、強烈な小宇宙が描かれたと思う。しかしこのメリハリこそが時代、だろう。

 菊地は膨大なアルバムを出せる恵まれた環境にいたと思うが、それでもアルバム出すには好き勝手はできなかったか。
 もっとも(6)は途中からテンポが上がり、またもや混沌の疾走に向かう。CDで通して聴くと、中盤でいったん息抜きをして再び深海へ潜っていくパワフルな躍動感が、むしろ強調された。

 アルバム一枚をハイテンションで突き進んだほうが、先鋭さが強調されたと思う意見は変わらない。けれども虚心坦懐にアルバムを受け止め、LP一枚全体を使った大きな時のうねりを感じるのも良いか。偉そうな解釈はやめて、素直に本盤を楽しもう。

Track List:
1.Tenacious Prayer Forever
2.Roaming In Darkness
3.Love Token
4.Silence, Horizon & Dawn
5.Piece To Peace
6.Young Blood

Personnel:
菊地雅章 (p)
菊地雅洋 (elp)
峰厚介 (as)
池田芳夫 (b,elb)
村上寛 (ds)
岸田恵二 (ds)

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