死んだ本棚と生きた本棚

 本棚には生きてるものと死んでるものがある。図書館と古本即売会へ行ってきた、な日記。

 久しぶりに図書館へ行っている。本を返しに行くのが面倒だったが、古い本で再読したいのがあり、何年振りかで図書館に行って新鮮だった開架も、数ヶ月経つとうんざりしてきた。なんだかんだで図書館の本は、けっこう借りられてる。したがって棚にあるのは動かない本ばかり。背表紙眺めてて、好奇心くすぐられないことおびただしい。
 やはり図書館は本を予約して、借りる場所かもしれない。

 本棚には生きてるものと死んでるものがある。もっとも生きてるのが、売れ線の大型書店。売らんかな、のパワーに満ち溢れ新刊既刊を問わず眺めてるだけで好奇心がくすぐられる。
 いちばんくたびれるのが、ブックオフの均一棚。売れなくなった本が吹き溜まり、どよんとしてる。
 きちんとした古本屋の棚は、しぶとく生きている。小宇宙となり、うかつに手を伸ばせないムードすら醸し出してる時もあるが。

 今日、図書館行って沈んだ棚見てうんざり。ということで、違う本棚を見ようと、古本即売会へ行ってきた。高円寺にある、西部古書会館が開催の今回テーマは「大均一祭」。
 昨日は初日でなんでも一冊200円。今日はなんでも一冊100円。たぶん、初日の午前中なら掘り出し物があったと思う。けれどコレクターでもないし、いちばん人が少なそうな二日目の昼に行ってきた。

 いやはや、棚がよどんでる。
 古本即売会はある意味、普通の古本屋以上にぼろぼろの棚だ。コンディション悪い本がズラリならび、普通に商売で売れない本を廃棄処分前に、最後のチャンス与えてるかのよう。
 二日目の昼なんて、よりかすばかり。ごみがズラリ並んでるかのよう。それでもマニアらしいおっさんを中心に、それなりに入場者はいるのが不思議。籠にいっぱい詰め込んでる人もいた。何を買ってるんだろう。興味ある。

 ざざっと棚を見まわして、数冊を手に取った。

A:"フェルマーの鸚鵡はしゃべらない"ドゥニ・ゲジ:著 (2003: 角川書店)
B:"渡辺貞雄―ぼく自身のためのジャズ"岩波洋三;編(1985:徳間書店)
C:別冊レコード芸術1998 Summer (1998:音楽之友社)
D:"ニューヨーク・タイムズの一日"ルース・アドラー:著(1973:平凡社)

 Aは98年刊行の仏人学者による数学ミステリ。パラパラめくったら、なんか面白そう。
 Bの原本は69年の刊行。この文庫版は当時なんとなく知ってたが、そんなに古い本だったのか。ナベサダのエッセイ。2011年に単行本で再刊されてた。
 Cはムック。いくつかエッセイや座談会が面白そう。しかし埃っぽいコンディションだ。

 Dみたいなのが、この手の古本即売会で手に入れるべき本。いちおうアマゾンのマケプレにも50円で売ってたが、まず古本屋で手に取らない。再刊もされないだろうし、時代に埋もれてく本だから。
なお内容は、1969年のなんてことない一日を24時間追ったドキュメンタリー。ニューヨーク・タイムズがその日、どんな一日を過ごしたかってテーマだ。今とは全く違う編集文化だろう。今更読むことこそ、アナクロ趣味以外の何物でもないな。

 まあ、こんな感じ。ということでじわじわ本を読もう。


   

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