"Accention"の幻影

 コルトレーンの"Accention"(1965)は今まで聴いたことがなく、ある本をきっかけに初めて聴いた。もはや、幻想を持てない。今日は、そんな日記。

 「ジャズマンはこう聴いた!珠玉のJazz名盤100」小川隆夫:著(2007:河出書房新社)を読んでいる。本書は各ジャズメンに音楽をブラインドで聴いてもらい、印象などを引き出すインタビューを集めた本。クイズでなく、あくまで思い入れや、参加盤の場合は当時の思い出を引き出すのが狙いだ。

 コルトレーンの"Accention"はフリージャズの極北ってイメージなレビューを、いままで雑誌などで読んでいた。後期コルトレーンはあまり聴いたことがない。精神世界を追求したストイックな堅苦しさがありそう、と勝手に敬遠していただけ。
 多分この盤も、大編成でどしゃめしゃやってるんだろう、と興味をひかず聴かなかった。

 ところが本書で"Accention"に参加したアーチー・シェップ(ts)の発言が、非常に興味深かった。混沌ではなく、非常に整然とした音楽に聴こえるという。なんで・・・?

 というのも、シェップのインタビュー要旨を列記すると、
 ・ほぼノー・リハーサル。その場でコルトレーンから譜面を渡された。
 ・半円を描いて約10人が並び、前にコルトレーンが立つ。ソロのタイミングをコルトレーンが指示した。
 ・コードに基づき、譜面に和音や進行が書かれてた。
 ・つまり理論にのっとり、約束事に従って演奏している。

 よって、シェップは完全フリーではなく、非常にコントロールされた録音と感じていたという。「どこまでミュージシャンがコルトレーンの音楽をその場で理解していたか、は別として」との前置きはつくけれど。
 
 ってことは、例えばジョン・ゾーンのコブラみたいなもの?手持ちに音源無いので、Youtubeを検索。とりあえず音源があった。
Take 1 https://www.youtube.com/watch?v=_FyGClOb690
Take 2 https://www.youtube.com/watch?v=KMNbW6DLB14
動画は目がちかちかして酔うので、画面隠して聴くのを推奨。

 もともとこの音源は2テイクあり、LPは途中で差し替えられ、Take2が一般的に発売されてきた。CDだと両方のテイクが収録されている。

 確かにソロはフリーキーだし、テーマもごちゃっとしている。無造作に聴いたら、集団即興に捉えたかもしれない。だが上記の予備知識持って聞くと、確かに荒ぶる濃密なバッキングと、派手に上下する猛然なアドリブを順序良くつないでる音像にも聞こえてきた。 
 規則性や指揮された音楽とも、聴きこむうちに解釈できそうだ。テーマの混沌な響きぶりも、音程や演奏テクニックであえて荒っぽく感じるだけって気もする。
 例えばがちがちに整然と演奏し、フリーキーなソロとの対比っていう現代音楽的なアプローチでも成立するのかも。

 しまったなあ。最初に予備知識なしで本盤を聴くべきだった。そしたらシェップのインタビュー読んで聴き返し、コペルニクス的転回を本盤で味わえたと思う。
 さぞかしスリリングな体験だったろう。てっきり完全フリーと思ってた音楽が、かなりコントロールされた音楽だった、と気づく体験の衝撃はさぞかし嬉しい刺激なはず。
 ちなみに菊地成孔の分析をネットで見つけた。これも興味深い。http://matogrosso.jp/soundtrack/soundtrack-09.html

 ということで、"Accention"は、この日記を読まずにまず聴いて、そのあとシェップのインタビューを読んでから聴きなおすことを強く推奨します。
 ならばなぜ、こんな日記書いたのか?ぼくがその体験できず悔しくて。仲間を増やしたいから、に決まってるじゃないですか。

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