Charles Earland"Leaving this planet"(1974)

奇盤だ。元はアナログ2枚組で発売の大作。こないだ「ファンキーなオルガン・ジャズ」のあおりに惹かれて買ったが、内容は時代性を加味すると「ねじれまくったジャズ」。

フュージョンへ向かいつつある時代、本盤は真正面からジャズやろうとしてるがアレンジやアプローチはフュージョンだ。だがどっちつかずではない。どっちにも行きつけなかった。もちろんプログレでもない。
奇妙な立ち位置は、たぶんチャールズ・アーランド(org)自身のミーハーさもあったと推測する。だってこのアルバム構成もアレンジも、変だもの。

アルバムとしての聴きものは何より、ハーヴィ・メイソンのドラム。手数多くはたき込むいかしたドラミングがまず耳に残る。オルガン奏者ゆえにベースはアーランド自身が担当している。何も考えず楽しむなら、このドラムとオルガンのグルーヴに耳を委ねてればいい。

だが。サイドメンを見てみよう。フレディ・ハバード(tp:当時36歳)とジョー・ヘンダーソン(ts:当時37歳)。ちなみにリーダーのアーランドはこのとき34歳。まあ、同世代と言っていい。だがアドリブの要素は明らかに古臭い。特にジョー。フレディは溌剌さでごまかされるが、古き良きハード・バップを引きずっている。
ハーヴィのドラムは跳ねが強いから、いわゆるジャズと一線引いてる気もするが。

本盤のアレンジはムーグ・シンセの専門奏者がいる。Dr.Patric Gleeson、70年代初期にハーヴィ・ハンコックと数枚で共演したメンバー。さらにワウワウのエレキギターも混ぜ、時代の最先端を走ろうとしてる。少なくとも、アーランドの狙いは。

本盤で面白いのは、それなのにメイン・ゲスト二人のオリジナル曲を1曲づつ取り上げてるところ。しかもLPだとA面2曲目とC面2曲目。コンセプト・アルバムならサウンドのイメージを固める、重要な箇所なのに。
フレディとジョーに気を使ったんじゃなかろうか。曲名こそスペイシーだが、サウンドはソウルフルなジャズだから。

曲順を書いてみよう。明らかにアーランドはSF的なファンタジーをオルガンだけじゃなくシンセを使って描こうとしている。二人の曲を排除するような、冷徹になれない中途半端さが、本盤を奇妙な立ち位置に導いている。

A1.Leaving This Planet
A2.Red Clay (フレディ・ハバードの曲)
A3.Warp Factor

B1.Brown Eyes
B2.Asteroid

C1.Mason's Galaxy
C2.No Me Esqueca (ジョー・ヘンダーソンの曲)
C3.Tyner

D1.Van Jay
D2.Never Ending Melody

なお本盤の録音はベーシックを73年12月に3日間かけてカリフォルニアで録り、ダビングを翌年2月にサンフランシスコで行っている。

どの辺をダビングかは分からない。時々入るSE風のストリングスやシンセ、エレキギターかもしれないし、リズム隊を変えて数曲、録り足したのかもしれない。ドラムは全曲がハーヴィでなく、3曲でブライアン・ブレイクが叩いてるから。

サウンドもあちこち奇妙。まっとうなジャズを演奏する他のメンバーに比べて、オルガンのソロはいかにも自由だ。やたらトリルを執拗に続けたり、変にフリーな要素を混ぜたり。それでいて基調は実にファンキーなのに。
管のソロが入った途端、いきなり音風景がジャジーに変わるのがヘンテコ。

エンディングも3曲を除きフェイド・アウト。うち一曲はテープのカットアウトっぽい。好みの問題だが、どうせならきっちりエンディングまで決めて欲しい。コンセプト・アルバムで山のように曲ができたとしても、短く収めるアレンジは有るはずだ。
なんか気持ちよさに任せて演奏だけ続いて、適当なとこでフェイド・アウト感がする。なら別に、最後まで聴かせてよ、と思う。気持ちいいんだし。

他にもいろいろある。でも内容は楽しい。いわゆる名盤と言い難いが、つまったサウンドは心地よい。だけど、どっか変。当時は時代の先端狙いだったのかもしれないが。


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