BGMか否か。

今週は何かとバタバタして疲れた・・・。寛げる音楽を探して、とっかえひっかえ聴いている。時と気分により違うから、自分でも何が欲しいか分からない。
音楽評論やガイドブックで「こんな気分のときはこれ」と探せる方法は無いか、とぼんやり考えていた。つまり自分の欲しい情報が明確ならば、その記述探せばいい。
まだこれは明確に言語化できない。もやもやっとしてる。

さて今の気分。クラシックの室内楽系で古典的なもの、とあれこれ聴き散らかした。ちょうど今はハイドンの喜遊曲7番がかかってる。8番だとピンとこず。何かが違うらしい。
エミール・クライン指揮のハンブルク・ソロイスツが演奏した95年録音の4枚組にて。

Wikiによると喜遊曲は「貴族の食卓・娯楽・社交・祝賀などの場で演奏」とある。BGMみたいなもんか。すると真剣にボリュームをガツンとあげて聴くのは、正しいのか否か。

ハイドンのディヴェルティメントに関する音楽的な構造解析や、時代的な位置づけの解説情報をネットで探すも見つからず。書籍だったらあるのかな。音楽構造は自分で分析できないから、どんな切り口でもいい。面白そうだ。

時代背景なら、初演はいつか。どんな成り行きでハイドンが作曲したか、が興味ある。
喜遊曲の観点なら、そもそも当時にこの曲は使い捨てか再演、再再演されたのかも知りたい。

そもそもこの曲、ホーボーケン番号(モーツァルトで言うケッヘル)だとHob. III:7、すなわち弦楽四重奏の7番と書かれてた。ならば弦楽四重奏の作品第二巻とし1755年頃に刊行された楽譜集のトップに位置するらしい。
するとこの曲って喜遊曲じゃないの?それとも他のハイドン弦楽四重奏に見られたように、いったん喜遊曲として演奏ハイドンが気に入って使い捨てず出版ってこと?知識不足ゆえに不明点が増えていく。

ちなみにどうやら、ぼくは第三楽章のゆったりしたメロディが好みらしい。さっきからBGMで聴いてて、この旋律になると耳がすっと音楽へ行く。ハイドンの望んだ聴き方をぼくがしてないとは思うが。

さて、クラシックもちょっと気分じゃなくなった。次は何を聴こう。こないだ買ったHAYAKAWAにしようかな。
左右のスピーカーから迫る別リズムとギターを、中央のベースが牽引するパワープレイがかっこいい。

ちょっと検索したらHAYAKAWAの映像がいくつもあり。知らんかった。



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