リドル・ストーリー

先日に逝去した平井和正の作品を、誰かが解説した文章を読んで、この言葉を知った。Wikiでの定義は「リドル・ストーリー (riddle story) とは、物語の形式の1つ。物語中に示された謎に明確な答えを与えないまま終了することを主題としたストーリー」とある。

平井自身がこの形式をどこまで意識していたか別として、ほとんどの小説がこの終わり方だったと思う。中学生の頃、平井和正の作品に触れた。いわゆる第一次世代の小説は堅苦しく感じ、筒井康隆と平井和正の小説が何となくピンときた。
特に「小説を熱狂して読む」体験のきっかけが、平井和正の作品だった。筒井は物語への熱狂じゃなく、なんか変なものをじわじわ体にしみこませる感じだったから。

最初に読んだのが「超革中」(1971)だったと思う。次が「死霊狩り」(1973-78)か「ウルフガイ」(1971-75)。次に「アダルト・ウルフガイ」(1969-79)。それから「幻魔」(1979-83)かな。
特に中学生のメンタリティで、「死霊狩り」の残酷さは強烈なインパクトだった。夢中で読んだ記憶がある。

宗教団体の内紛にストーリーが変化した角川文庫の「幻魔」も嫌いじゃなかった。
もっと一冊を厚くしろよ、とは思ったな。とはいえ中学生だとストーリーを理解できず、後年に再読してようやくついて行けたけど。
まあ中学の頃だと「真幻魔」(1980-85)の方がピンときた。ちょうど終盤がリアルタイムの刊行だったし。

ぼくの平井和正は、だいたいこの辺まで。ぽおんと飛んで「きまぐれオレンジ」に影響を受けた「ボヘミアンガラス・ストリート」(1995)は、奇妙に面白く読めたけど。

リアルタイムで躓いたのが、高橋留美子に傾倒したあたり。「地球樹の女神」(1988-92)は、再びの改竄問題で角川の野生時代とドンパチやってるころから、いまひとつ引いてしまった。最近、読み返したが文章の熱気が、70~80年代前半と何か違ったな。

「ウルフガイ」も一緒。「黄金の少女」(1985-94)は読んだけど、どうも乗れなかった。「犬神明」(1994年-1995年)は読んでないかも。「月光魔術團」(1996-98)はダメ。途中で放り出した。

電子書籍の先駆となり、何が最新刊かサッパリわからなくなったのも、平井和正と距離を置く一つとなった。やはり先日、「幻魔」の再読を思い立ったけれど、何が何だか刊行内容が分からない。

こうして思い返すと思春期ドンズバの読書に、平井和正は強烈な存在感を示していた。
久しぶりに「アダルト・ウルフガイ」を読み返したくなったな。

ちなみに平井和正と言うと、この曲を思い出す。

あと、やっぱこれね。1983年の曲だから、ぼくが中二の時か。
キース・エマーソンがなぜ日本のアニメに?!とビジネスの流れが理解できなかった。

懐かしい。後年聴きなおしたらキースの鍵盤が少々溌剌さに欠け、「営業だったのかな」とがっくりした記憶あり。

ちなみに以下のURLに寄れば、この盤でキースが関与したA面はドラムが青山純でギターが芳野藤丸。鍵盤だけテープを送って、あとは日本で作ったの?
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