"三階節" (1995) 明田川荘之ユニット フィーチャリング松風鉱一

 明田川荘之はアケタの店、である。そして95年は音楽的な転機だった、と思う。

 明田川は1974年にアケタの店をオープンした。自分の、ライブハウス。自分で自在にセッションをオーガナイズできる自由と、店の経営という縛りを手にした。インディの極みであり、先駆だ。
 レーベルもライブハウスも自らで経営し、なおかつ数十年継続し続ける。これは世界でも稀有だと思う。若干似てるのがジョン・ゾーン。ただしゾーンはユダヤのルーツへ自覚的だが、シーンの醸成より自己の作曲に軸足置いたでドライな印象を受ける。明田川はもっと包容力を感じる。

 ちなみに以前に小説の、今野敏"奏者水滸伝"を読んでたら明らかに明田川がモデルの登場人物が出てきて面白かった。

 改めて95年は明田川の音楽で、重要な時期だったと振り返って考える。次のアルバム"ロマンテーゼ"の感想でも触れるが、本盤"三階節"と"ロマンテーゼ"では、独特の音世界へが手をかけた時期だった。
 特に本盤は1曲目で日本ジャズへの接近と同時に、フリーともインテンポとも違う独特のジャズ・スタイルを匂わせた。実際は自らの音楽を深める方向に明田川は進み、ジャズ・スタイルの追求はしなかったが。

 本盤の1曲目は、独特なサウンドだ。リズム楽器を置かず、ベースでビート感を出す。一方でレイヤーのように音を重ねて浮遊感を出す。
 オカリーナは日本情緒をたっぷり生かしたジャズを吹き、シンセサイザーへ変わると白玉を連発した、独特のムードを醸し出す。
 いわばジャズ界から、ジャムバンド界への回答。即興とグルーヴを、明確なビート感を希薄に表現する。もしこの音楽性を追求したら、ジャンルとして明確な個性に成り得たかもしれない。

 しかし結局、明田川はその道を選ばなかった。正しい選択だ。もし(1)の音楽性を追求したら、楽器やサイドメンの顔ぶれに左右されてしまう。本人が自由に表現できるはずの、音楽活動が足枷になる。
 このサウンドは加藤崇之と津村和彦、二人の天才ギタリストがいてこそ成立した音像だ。山元恭介の穏やかにうねるベースがあってこそ、だ。

 だからこそ(1)の音楽はアケタの店があってこそ発生したと思う。自らの店でブッキングを自在に明田川が決定でき、つぶさに出演ミュージシャンを聴き続けたからこそ、生まれたセッションでありアンサンブルだろう。

 そして明田川はピアノ演奏に回帰し、オカリーナ演奏の独自性を武器に、ずぶずぶと日本ならではのジャズを深めていく。ワン&オンリーの道を、選んだ。

 本盤を通して聴いたとき、キーマンはもう一人。松風鉱一だ。ライナーによると松風鉱一バンドに、明田川はずいぶん長く在籍とある。その音源が残って無いものか。アケタズ・ディスクの"生活向上委員会 ライブイン益田"もその一環だろう。もっとも、未CD化で聴くチャンスが無い。

 松風鉱一も日本ジャズにおける才人の一人。フルートとサックスを吹き分け、メロディアスで柔らかなフレーズを噴出する。ちょっとかすれた音色が特徴だ。渋谷オケや自らの名義で、多数の聴き応えある盤をリリースしてる。

 本盤では(1)で軽やかに先鋭的なオケに馴染み、(2)と(3)ではオーソドックスなジャズを芳醇に演奏した。後半(2)曲は音楽スタイル的には、(1)ほどの冒険性は無い。じっくりとドラムレスのピアノ・トリオで、ジャズに向かい合った。このトリオ編成も、けっこう珍しい。

<収録曲>
1.三階節~長者の山(新潟~秋田民謡)
2.バール・ブルース・フィリップス(明田川)
3.イフ・アイ・ウァー・ア・ベル(フランク・レッサー)

Personnel:
明田川荘之(p,ocarina,syn)、松風鉱一(as,fl)
加藤崇之(g on 1)
津村和彦(g on 1)
山元恭介(el-b on 1)
伊藤啓太(b on 2,3)

録音:
(1)1995年1月14日、アケタの店 ライブ
(2)(3)1995年3月4日 横浜エアジン ライブ


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