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Yellow Magic Orchestra 「Yellow Magic Orchestra」(1978)

 細野の色が濃い、乾いたビートのポップスを追求の1st。

 後追いとして、その後の活躍を踏まえた上での1stを聴く立場しか持ち合わせていない。ぼくが本盤を聴いたのは中学生の頃。"浮気なぼくら"(1983)が直後のこと。
 "ライディーン"や"テクノポリス"は耳にしてたが、その程度。お決まりのようにまず"Solid State Survivor"(1979)を聴き、その直後に遡って本盤を聴いたはず。

 もちろん、アメリカ・ミックスで。ご存じのように本盤には二種類のミックスがある。オリジナルの日本盤と、海外進出としてアル・シュミットがリミックスしたもの。
 今回、Amazon Music Unlimitedで聴き返してるのは日本盤ミックスのほうだ。
 さんざんアメリカ・ミックスを聴き馴染んだ耳で本盤を聴くと、けっこう戸惑う。

 大きな違いは"東風"で吉田美奈子の歌が無いこと、"アクロバット"がカットされたこと。
 それ以外にミックスの違いもあれこれ。ギターの音がオリジナル盤のほうが大きかったり、"インベーダーのテーマ"もバランスが違う気がする。
 全体の印象として、日本盤のほうがミニマルな印象が強いと感じた。

 本盤は細野晴臣の盤だ、って色が濃い。後年の印象では三人の巨大な才能のせめぎ合いって緊迫感もコミでYMOだけれど。
 もともと細野はバンド活動は好きな一方で、がっちり手綱は握るつもりだったろう。そして本盤だとコントロールは、見事に成功している。

 読み違いは"Solid State Survivor"。本盤製作で坂本龍一や高橋幸宏の才能を深く認め対等な立場で作ったがゆえに、軒を貸して母屋を取られた。
 ライブ盤や企画盤で力関係を仕切り立しもできず、結局はエゴのぶつかり合いと実験性に突き進み、消耗して開き直ったあげくに解散。
 冷却期間を置くも大人になり切れず、老年に至ってようやく穏やかにこの時代を振り返り楽しむ境地に至った。そんな流れではなかろうか。

 細野は圧倒的な音楽の才能を持ち、グルーヴを自在に操った。指が回るって点や声域/声量でテクニカルに優れた他のミュージシャンはいても、常に自分がかなり高い立ち位置だと意識していたろう。
 ヘッド・アレンジとセッションのノリでグルーヴをこの前までは作ってた細野が、デジタルのジャストなビートに着眼、新境地を狙ったのが本盤になる。

 今の耳はデジタルを既に通過した。だから本当に新鮮に本盤を聴くことは、たぶん不可能だ。
 デジタルだが素朴って視点が精いっぱい。この時代に打ち込みやクリック無しの音楽で育ち、本盤を聴くことでジャスト・ビートの鋭いグルーヴに斬新さを覚えるなんて体験をしてみたいもの。

 せめて本盤の狙いを想像するに、トロピカルの異文化性を徹底的に異国化と、テレビゲームを楽器のように捉えたのではないか。
 さらにB面で"アビー・ロード"を連想するメドレー式を採用し、なおかつ"アクロバット"でA面冒頭とサンドイッチすることで、統一性をがっちり作った。

 これ以前の細野の作品にはない、ストーリー性を持たせ小宇宙を創る。すなわち「都会的/機械的なリゾート・ミュージック」を演出したかったのではないか。
 もし東京住まいなら、リゾートって感覚は自然の寛ぎを意味する。言い方が難しいが、「都会者がさらに都会へ向かう」って目線を作りたかったのではって妄想している。 

 本盤では基本的に細野の曲が並ぶ。坂本は"東風",幸宏は"中国女"を提供したのみ。それぞれ代表曲でありエポック・メイキングでありながら、本盤は強烈に細野の制御下にある。
 ただし細野に独裁の気はさらさらなく、B面冒頭に二人の曲を配置して三人の共同体制を明確に打ち出した。

 坂本に着目すると本盤は、スタジオ・ミュージシャンの延長でありシーケンサーへ打ち込む段階でのアレンジャー的立場だ。キャリア・アップへ野心の有無は知らない。
 職人的に音楽の質を高める役割で、冷静だ。

 もっと冷静なのが幸宏。サディスティック・ミカ・バンドでのミュージシャンから脱却、細野や坂本と"サラヴァ"を本盤製作直前に録音したが、まだ本盤で自己主張の方法を模索してた風情。
 "中国女"もフレーズの連結であり、物語性ある作曲とは少々異なる。だからこそ、音色で聴かせるってシンセの方法論が効いた。一つの曲の中で単一の音色で聴かせず、くるくる変えるって方法論が。
 もちろんメカニカルでシンプルながら、グルーヴを持つドラミングの魅力は本盤で堪能できる。いっそ"Solid State Survivor"よりも。

 本盤ではテクノ・ポップの構築以前であり、デジタル・シーケンスへ無邪気に寄ることでアナログなグルーヴの窮屈さをむしろ楽しんでいる。アナログ・グルーヴをデジタルで再現に拘ったのは"Solid State Survivor"だ。

 さて、細野に着目して本盤を見てみると。マーティン・デニーの"Firecracker",デジタル・トロピカルな"Cosmic Surifin'"、そしてアラブっぽい"Simoon"。ひとひねりもふたひねりもしたエキゾティックなトロピカルを提示した。
 これら3曲は、本作に至るチャンキー・ミュージックと地続き。シーケンサーという強力な武器を使いながらも。

 そして本盤に寄せた"Mad Pierrot"で次への大きな一歩を踏み出した。幸宏のドラム、坂本のピアノ、細野のベースもデジタルへ見事に溶かし、前のめりの強靭なグルーヴを作った。
 ひとまとめに先ほどしてしまったが、"Simoon"のロマンティックな浮遊感も素晴らしい。今となってはあまりに素朴なアナログ・シンセの響きだが、微妙に揺れる音色が醸し出す、寛ぎは格別だ。

 今回、聴き直して興味深かったのが"Computer Game"の2曲と"Acrobat"。デジタルなシーケンス・パターンが前提のゲーム音楽だが、自分がボタンを押すことで効果音を付与し、新たなリズム・パターンを作れる。
 普通にゲームは、そんな無意味なことしてもすぐゲーム・オーバー。だが自分が操作してないときに音楽だけ聴いたら、むしろ無秩序かつ無軌道な電子音のパターンに戸惑いと面白さを覚えたのではないか。

 A1ではゲーム音楽のパターンを冒頭に配置し、生ドラムを挿入にて音楽を従から主へ引きずり出す。
 A5は逆に、インベーダー・ゲームの中で発射音を強調した。すなわちゲームを楽しむとき、実際に鳴る音の無秩序さをさらり表現した。デジタルとアナログのファンキーさを目一杯強調した"Cosmic Surfin'"の直後に配置することで。
 アメリカ・ミックスだとA5はもっと派手に鳴り、どこか孤独で寂し気な日本盤のムードを出せていないい。

 そして細野はアルバム最後の"Acrobat"でA1とA5を混ぜたリプライズを配置にて、従であるゲーム音楽へさらにメロディ・パターンを加え"デジタル世界のトロピカル"を、ゲーム音楽の舞台でも成立させた。
 本盤は「デジタルとアナログの融合の極致で至る、トロピカルのさらに先の楽園」を目指したのでは、って妄想が浮かぶ。

 この風味はアメリカ・ミックス版だと味わえない。アメリカ・ミックスはもっと能天気に、ポップさを追求した享楽路線だから。それは良し悪し云々とは別。音楽へどんな思いを込めて聴くかって話だ。
 冒頭に書いた通り、ぼくはアメリカ・ミックス版を聴き馴染んできた。"Solid State Survivor"の前段で試行錯誤の黎明期って本盤を捉えてきた。

 だが後年に日本盤を聴いたとき、三人のキャリアや立ち位置を想像しながら聴いたとき、このアルバムへの解釈が変わった。
 細野のキャリアにおいて、本盤は正に分岐点。得意とする最大の武器、生楽器を置いてシンセやシーケンサーと格闘することで、いまだに色あせな刺激的な作品を生み出した。
  
Track list
A1 Computer Game "Theme From The Circus" 1:48
A2 Firecracker 4:50
A3 Simoon 6:27
A4 Cosmic Surfin' 4:51
A5 Computer Game "Theme From The Invader" 0:43
B1 Tong Poo 6:15
B2 La Femme Chinoise 5:52
B3 Bridge Over Troubled Music 1:17
B4 Mad Pierrot 4:20
B5 Acrobat 1:12

Personnel
Yellow Magic Orchestra
Producer, Mixed By, Bass, Electronics, Keyboards - 細野晴臣
Keyboards, Electronics, Percussion, Orchestrated By 坂本龍一
Drums, Percussion, Electronics, Vocals - 高橋ユキヒロ

Programmed By 松武秀樹
Vocals - 橋本俊一 (on A3)
Electric Guitar - 高中正義(on A4,B2)
Voice - 布井智子

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