ブライアン・ウィルソンは踏絵である。

ブライアンの作ってきた音楽は大好きだが、魅力を全くぼくは理解できてないな、と改めて思った。

御年72歳のブライアンが4月に新譜を出す。楽隠居って言葉を知らないのだろうか。
しかしビジネスの問題か、本人の意欲ゆえか、ブライアンは活動を続ける。
時は残酷に過ぎてマーケットは次を求め続ける。その点、大滝詠一はいさぎよかった。

ブライアンのソロは"That Lucky Old Sun"(2008)にて打ち止めでも良かった。あとは懐メロを気分しだいで演奏、で良かった。
ビーチ・ボーイズは"That's Why God Made The Radio"で、素晴らしい幕引きをしてくれたし。

いまだに斬新さをファンは求める。もういいじゃないか。ロックは若者によるガキ向けの音楽だったはずなのに。
ブライアンはポップス・ファンに無条件で奉られながら、常に新譜は貶される。
彼の新譜ってのは、そんな不条理極まりない立ち位置だと思っている。

彼の音楽は踏絵だ。否定したら「偉大な先進性を聴く耳が無い」とされ、無条件に褒めたら「ブランドで耳が眩んでない?」と。

ブライアンのソロに限りなく近いのは"Pet Sounds"(1966)だった。本作を24歳にして作り上げた才能は絶賛する。今では"Pet Sounds"が神格性すら帯びているのに、アメリカでは当時、期待ほど売れなかった。続く"Smile"プロジェクトも頓挫し、ブライアンは引きこもりになる。

"Adult/Child"(1977)の没プロジェクトや、ビーチ・ボーイズでの緩やかな関与こそあれ、ブライアンは表舞台に現れぬはずだった。だが公式1stソロ"Brian Wilson"(1988)で、世界は再び動いた。

「第二の"Pet Sounds"」みたいなアオリ広告が、心底嫌いだった。なにを聴いてるんだ、とイライラしてた。そもそも"Pet Sounds"すら、80年代前半は完全に無視されていた。
シンセがブリバリな"Brian Wilson"のサウンドも「ケッ」と当時は思ったし、ゲスト満載の売らんかな、な構成もイヤだった。

だが発売は心の底から嬉しかった。ブライアンは、いてくれるだけで良い。声が出なくたっていい。46歳になって再び表舞台に出ただけで良い。そう思ってた。

ここからブライアンへのアンビバレンツな接し方が、ぼくの中で始まる。アルバムが出たら、とりあえず聴く。当然ながら、ピンとこない。でも屑じゃない。
ダリアンらスタッフに恵まれ、恍惚かと疑うインタビュー読んで、ブライアンは傀儡じゃないかと疑った。それでもアルバムは聴いて見たかった。

ライブは絶対に見たくない。でも活発なツアーは嬉しい。そんな感じ。

"Smile"の04年盤リリースは、心底たまげた。素晴らしさに惹かれた。ダリアンのインタビュー読んで、ブライアンの意志が入ったと分かる。けれどもあれは、"Smile"マニアが作ったアルバムじゃなかろうか。ブライアンの意志で、再生策が始まったのか?

今のブライアンを全面的に賞賛したくない。だが"PetSounds"にしがみつき、否定もしたくない。あるがまま、でいい。引きこもりの地獄から、ブライアンは復活したんだ。
あのファルセットはもはや、どこにもない。だが88年以降、だんだん声が出てきたと思う。70歳越えの今、新たな歌声も何もないが。

とりあえず今回、順番にブライアンのソロを聴きかえしていた。

ユージン・ランディが居なかったことにされてる"Brian Wilson"(1988)は、やっぱシンセの音が今の耳だと邪魔くさい。ドタバタするドラムも。
大勢のゲストもウザい。だけどなんか、じわじわ来る素朴さに、改めて気が付いた。
この盤ではまだ、ブライアンの頭の中にある音を、周辺から探って作っていったような感じ。20代を思い返しつつ、届かない。時は既に流れてしまってる。

シングルB面の"He Couldn't Get His Poor Old Body to Move"がやっぱり、本盤を象徴してる。強烈な自虐のブラック・ジョーク込みで。何度聴いても、胸にジワッとくる。

ブライアンのソロ活動は、"Sweet Insanity"(1990)の発売中止が大きな躓きだった。
ブートが山のように出て、Youtubeでも今や簡単に聴ける。久しぶりに聴きかえしたが、"Brian Wilson"での奇妙なゴージャス化狙いが消えて、綺麗に内省さが滲む良盤だ。

コラボは飛ばして"Imagination"(1998)へ。これも当時、カチカチに硬い音と薄ペラさが馴染めなかった。あっさりした曲調と無様なセルフカバーも含めて。
だけど今回聴いたら、爽やかさがスッと耳へ届いた。当時はブライアンへのぼくの思い入れが頑なで、素直に音楽へ対峙出来てなかったみたい。
リゾートで過ごすハッピーな雰囲気を想定した、ブライアン流の売れ線狙いな盤だったのかも。

ライブ盤は興味無いので飛ばして、"Gettin' In Over My Head"(2004)。これも"Sweet Insanity"曲の再演やポール/エルトン/クラプトンにカールのゲスト呼びが、あざとくて馴染めなかった。サウンドもいまいち地味だな、と。
今回聴いたら、アレンジの丁寧さに気が付いた。打ち込みを咀嚼して生音と溶かしてる。変にマーケットを意識せず、歳相応に穏やかなアルバムに仕上がった。
声はだいぶガラガラが消えた。ツアーでこなれたか。フレーズの頭や終わりでエッジ立てつつ、声をフワッと置きに行く独特の歌い方が戻ってきた。

"Smile"やクリスマス・アルバムを飛ばして、"That Lucky Old Sun"(2008)へ行こう。当時、地味に感じて、最初はピンとこなかった。
だけど本盤は、すごく繊細なコンセプト・アルバム。数あるソロの中でも最大傑作だ。ブライアンの喉が、20代だったらな。懐古的なムードなため、当時に作る機会あったとは思わないが、やはりブライアンの多重録音のみで聴きたい。

なおこの盤、録音に味が出てきたと今回思った。88年の盤から続けて聴いてると、デジタルの抜け良さを保ちつつ、どっか音像が柔らかく溶ける。楽器のボリューム差を極端につけて、奥行出してるかのよう。

そして"Reimagines Gershwin"(2010)や"In the Key of Disney"(2011)に至っては、買いはしたけど聴きこんだと言いがたい。オリジナリティなんて要らない、とりあえず活動を確認したいって程度の思い入れだった。
これはまあ、今も印象は変わらない。どんなに声が復活しても、トップの音域はフォスケでしょ。ブライアンの作曲に至上の価値を置くのは変だが、今のブライアンの歌をそこまで過大評価しなくていい、と思う。ブライアンの歌は20代の頃を聴きたい。

こんな感じで今回聴きかえしたら、旧譜のソロで幾つも良いところに気が付いた。今までどこを何を聴いていたのやら。今度出る新譜を、ぼくはどういう風に聴くだろう。

過去2作、ブライアンはカバーに留まり、作曲面での独自性アピールを控えてた。
ところが"No Pier Pressure"(2015)はオリジナル集っぽい。ゲストにジェフ・ベックやビーチ・ボーイズ仲間も呼び、商売っ気が出た風にも見える。
今のブライアンは、何がしたいんだろう。どんな音が詰まってるんだろう。

ふと検索したら、新譜音源をリークするYoutubeが昨日に上がってた。DLで落とせるらしいが、リンク先には怖くて飛んでいない。聴くのが怖い、じゃなくてウィルスとかネット・セキュリティ的に。まあ、あと3ヶ月たてば聴けるし。
関連記事

コメント

非公開コメント