TZ 7612:Derek Bailey "Carpal Tunnel"(2005)

 晩年のデレク・ベイリーが自らの身体トラブルそのものも音楽に昇華した痛切な一枚。
 できればこの盤は、予備知識無しに聴いて欲しい。変にストーリーや楽曲の進展を意識しながらだと、辛すぎる。


 タイトルの"Carpal Tunnel"とは日本語で、手根管症候群という。Wikiによると指がしびれる症状のようだ。ギタリストとして痛恨の病気ではなかろうか。

 デレクは本盤を6つのトラックに分けた。(1)が"Explanation & Thanks(説明と感謝)"。デレク節でエレアコを爪弾きながら、自らの症状を説明してるようだ。
 (2)以降は"n週後"と名付けられた。3週間から始まり、数週間後に一曲づつ、12週後まで。経過を音楽演奏で表現した盤、らしい。手術後なのか、病気が進行するさまか、良くわからない。英語がどうにも聞き取れない。

 ネットの情報を探ると、両手に罹患したまま衰えていく音楽を奏でた、のコンセプトらしい。

 デレクの音楽の特徴はいわゆる音楽的なフレーズや展開を巧みに外し続けることで、独特の即興世界を構築したところ。"ノン・イディオム"と呼ばれる。方法論をどんなに分析されても、デレクを模倣する人はいない。専売特許みたいなもので、デレクのまねをしても意味がない。音楽的にも、存在価値の意味でも。

 本盤での演奏は、さらに時間経過による悪化もしくは改善の要素まで付け加わる。意図せぬフレーズも、もどかしい指使いも双方有ったろう。出音に対するギャップはデレクにしかわからない。どこまでが意図的で、どこまでが事故だろう。
 聴こえる音は、常にデレク節だ。そんな輻輳する価値観が、本盤には詰まった。

 録音はスペインの、おそらく自宅にて。ベイリー自身が行った。本盤は8月に録音。そして同年12月、ベイリーは75歳の生涯を閉じる。

 (2)の"三週間後"は、妙に左手の抑えが中途半端にバラける響きだ。ジャケ絵がベイリーの症状ならば、罹患は右手。左手は影響なかったと思うが。たどたどしく、鈍く弦を響かせたギター。
 しかし前述のように意図と事故の判別は音から全くつかない。少なくともこの楽曲だと、比較的メゾフォルテに係留したザンバラなフレーズは意図的に聴こえる。中盤でのハーモニクスを混ぜた音色がすっと美しさを表した。終盤でちょっとリズミックに進む。

 (3)は5週間後。音色は前曲から実にスムーズにつながった。数音弾き、一声唸って再び音へ。エレキギターのサスティンが緩やかに響き、中断される。ぺなっとした弦の押さえはここでも聴ける。フレーズの譜割は一定だ。アルペジオのように動きながら、しばしば中途半端なところで途切れた。
 もちろん思い出すかのように、ところどころでフレーズのテンポは揺れていく。だが冒頭部分でのフレーズの探りが、この曲の象徴だと思う。どこまで音を出せるか、どこまで外せるか。静かに追及するかのよう。
 ほんとに唐突な転換でエレキギターのエフェクタが一瞬踏まれ、すぐに消える。

 (4)は(1)の7週間後。頭からエレキギターだ。音数は減り、サスティンやワウっぽい響きが空間を縫っていく。音数は少ないが、奇妙なポップさがあり。左手の押さえは幾分強まり、弦のビビリは少ない。5分くらいたつと、ちょっと弦が甘く鳴るかな。

 この楽曲では爪弾く音もさることながら、残響や響きそのものに着目した演奏って、気がする。曲が進むほどにポップさが前に出てきた。
 抽象的ながら、選ばれる音とフレーズは断片で見る限り親しみやすい。ひとつながりで聴くと、ベイリー節だが。リズムやビート感は希薄だ。小節線は見えず、その場その場で弦がはじかれていく。

 9週間後、の(5)。ちょっとフレーズに流れが出た。停滞しつつ探るようだった、これまでの曲と比べて、ビートもリズムも無いが、何だか流れる感じ。
 唐突に強くはじかれる弦。音が次々に、ふわふわと載っていく。これが奇妙にスピーディだ。前のめりとは違う。川で流れるように。これまで立ち止まろうと努力していた音が、この曲ではうねり淀み回りながらも、滑らかに進んでる。
 曲の展開も脈絡は無いけれど。現れる和音も単音も、美しい。

 本盤最後の(6)は冒頭から12週間後。いきなりエレキギターの緩やかな残響が響く。本盤でデレクはわざとストーリー性を持たせる、あざとさは無いだろう。すると明確に音数が冒頭から減っている。残酷なほどに。
 デレクはワウやサスティン、弦の掻き毟りや和音、様々な手法で空気を彩る。逆にこれまでのノン・イディオムまで手が回らないのか、フレーズ使いはむしろ聴きやすさを増す。
 ハウリングのエレキギターから一転してブライトな音色へ。ここでのギターはときおり激しい音符の跳躍を行う。だがそれは故意であって、意図ではない。今自分が行える、ベストを模索し選択した音、だろう。

 最後はブライトに伸ばした一音。伸びやかに、純粋に。音が響いた。

Personnel:
Derek Bailey : Guitar


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