ジム・オルークと配信

 "別冊ele-king ジム・オルーク完全読本"(2015:P-Vine)を読む。校正漏れがいくつもあるのが興ざめだが、まあしかたあるまい。そういう出版体制なんだろう。
それよりもフォントがやたら小さくなるのが、老眼には辛いところ。


 さて、読んでて配信音楽についてまた考えてしまう。ロング・インタビューで「Bandcampに上げた音源は30人しか買わない」とボヤいてて、びっくりした。
バンドキャンプで上げてることすら、知らなかった・・・。検索してみる。たぶんこのアカウントだ。
https://steamroom.bandcamp.com/


 "Steamroom"のタイトルで13年に9枚、14年に7枚、今年は3枚のアルバムをBandcampからリリースしてた。全然知らなかった・・・。"30人"とジムはボヤくが、いったい何人の人がこの盤の存在を知ってたのか。周知があいまいなら、もっと売り上げは上がるじゃなかろうか。もっとも30人は過小フカシで、ギャグだろうけど。
しかしお前は31人目になるかと言うと、今は買わないのだが。

 入手性/環境/音質、それぞれの理由が頭に浮かんで、買うのをためらってしまう。
買わない理由を並べ立てても仕方ないのだが、配信音楽でずっと考えてたことなので、敢えて書き記す。

 音楽性、が第一か。これを先に言おう。何枚か試聴したが、基本はドローンっぽい環境音楽が中心のようだ。これを何枚もどばどば買うか、は好みの問題。ちなみに最低7ドルと、料金は良心設定してる。

 まず入手性の観点。昔はアップロード音源っていつ消されるか分からなかったが、今はたぶんそうそう消えない。そんな安心感が「聴きたくなった時に買えばいいや」と、"とりあえず"って購入を控えてしまう。電子ファイルって問題もある。棚の肥やしならまだ、所有欲も満たされるし積読(積聴か)って意識もあるだろう。
 でもハードディスクの肥やしは悲しい。持ってることすら忘れかねないしHDDクラッシュしたら取り返しがつかない。なおさらクラウドというかWebの海に放流して置きたくなる。せめてURLをブックマークと何が違うんだ、って話。
 著者への敬意を込めた売り上げ貢献って話は、最後に回す。

 次に環境。Bandcampはフル試聴が可能な場合もある。オルークの作品はフル試聴できるっぽい。するとなおさら、なぜ買う必要があるのかって話になる。単に音楽だけを聴くならば。
 ぼくはPCオーディオに全面移行した。ステレオで音楽を聴くことは、ほぼ無い。PCにスピーカを繋いで聴いている。すると出音はスピーカ依存のため、ストリーミング再生とどこまで違うのか、って話になる。

 最後に音質。Bandcampでオルークは「please download best possible quality.」と記す。気持ちは伝わる。ぼろい適当な音質じゃなく、綺麗な音で聴いて欲しいって。
 MP3がベストの音質かってのは横に置く。可逆圧縮のFLACは分からんでもない。しかしFlacはi-tunesで確か未だに未対応のはず。いきなりAppleユーザを切り離す。Waveに変換できるってことかな。ぼくはfoobar2000が普段聴きだからFlacでも構わないが。
 そもそもAMラジオを初めとして、ポップ・ミュージックにどこまで音質追求が必要かってのは、根本的な命題だと思う。もちろん良い音質に越したことはない。それは当然だ。
 つまり「いつでもストリーミングでそれなりの音質で無料聴きできる」。この位置づけそのものが音楽配信のデメリットだ。発信側で絞ることはできるが、ならYoutubeなどの違法ストリーミングって抜け道がある。そもそもよほどのユーザー以外、別の音楽を聴く。山のように音楽がネットに転がってるんだから。
 今の時代、むしろ昔よりも音楽のクオリティが高くないと、ユーザーは積極的に聴かなくなっていると思う。

 オルークはインタビューでぼやく。
「(自分は尊敬するミュージシャンに対し)彼らに少しでも払い戻したかった。それで自分のお金でレーベルをたちあげ、彼らの作品を出した。(中略)尊敬するなら応援すればいいんです。文化ヴァンパイアになっちゃうのは失礼」

 「著作権者への敬意を込めた売り上げ貢献」の論点は、つきつめれば音楽の対価ではない。これが音楽配信のもっとも悩ましいところだ。敬意を込めるなら、直接的な寄付に行きつく。要するにパトロネージュだ。

 昔は「買い支える」って言葉があった。グッズを買う言い訳だが。1個のところを3個や5個買ったところで大勢に影響はないもの。これも購買欲の正当化であり、根本的にユーザーは「音楽の対価」に対しお金を支払い、「著作権者に10%の印税が渡るように作品を買う」って意識はごくわずかだ。それなら逆に「中間マージンを全部取っ払って手売りで買います」に行きつく。
 
 音楽配信は手売りの究極、の見方が最初にあった。しかし「買い支えるため」「敬意を込めた売り上げ貢献」のために、音楽を買うのはあまりにも寂しい。
 音楽配信の売り上げを上げるには、ユーザーフレンドリーではないが「期間限定」販売に行きつくだろう。これも海賊音源の跳梁跋扈は防げない。むしろ激しくなるか・・・。
 もっと単価を安くするか、定額配信の可能性も考えるが、いまいちぴんと来ない。やはりパトロネージュ・システムにしか未来は無いのか。

 はるか昔。日本の80年代くらいまではラジオやテレビで曲を覚え、シングル買うって文化でビジネスが成立してた。そもそも買わずとも曲を口ずさめた。あのころはプロダクションやレコード会社のフィルターが強く、だれもがレコード・デビューなんて不可能。したがって裾野が狭くビジネスの競合が少なかった。
 今はすぐさまネットにアップし販売できる。ユーザにとっても良い音楽に触れるチャンスが増え、有難い話だ。
 しかしユーザの財布には限りがある。全てを救い上げることはちょっと難しい。
 やはりパトロネージュ・システムかなあ。このことを考え続けてるが、なんか腑に落ちる解決策が頭に浮かばない。

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