TZ 7301:John Zorn"Kristallnacht"(1993)

TZADIKで自作をまとめるArchival Seriesで、第一弾の再発に選ばれたのが本盤。自らのユダヤ人ルーツを積極的に意識し、プレイヤーでなく作曲家を全面に出した初期の傑作であり、重要作だ。ジョン・ゾーンを聴くならば、本作は絶対に欠かせない。

92年の11月9日と10日、たった二日間で録音された。元は日本やドイツのインディ・レーベルから93年に発売され、TZADIKからは95年に再発。ライナーに「(2)には吐き気/頭痛/耳鳴りを催す、可聴域を超えた高周波が含まれる。耳へ一時もしくは恒久ダメージの恐れあり、連続した聴取は薦めない」のコメント有り。

ゾーンはサックスを吹かず、作曲に専念した。ファイル・カード風の構成だがめまぐるしさは無く、むしろゆるやかに楽曲は進行する。通底するのは崇高なほどの気高さ。

アルバム・タイトルは第二次世界大戦前にドイツで起こった、ユダヤ人排斥暴動"水晶の夜"を指す。
ユダヤ人として避けて通れぬ苦い惨劇だ。Wikiの記述が分かりやすい。ドイツだけでなくポーランドも絡んだ反ユダヤと、本暴動に至る流れがわかる。状況証拠からナチスが暴動関与は否定できないが、明確な暴動煽動の証拠無しに同時多発で起こった組織力と時代のムードが、とても苦々しい。

だが曲目リストを見ると"水晶の夜"はテーマの一つでしかない。むしろ曲名としては事件後から強制収容所へ続くまでの流れを描いている。
英語以外のタイトルがわからない。Google翻訳では、それぞれヨーロッパ各国の言葉が抽出されるが、日本語訳が表記されない。たぶんさまざまに象徴的な言葉と思うが。

[Track List]
1."Shtetl (Ghetto Life「ユダヤ人街の生活」)" - 5:55

2."Never Again「絶対に繰り返さない」" - 11:46

3."Gahelet (Embers)「燃えさし」" - 3:27

4."Tikkun (Rectification「矯正/修正/是正」)" - 3:02

5."Tzfia (Looking Ahead「前を見る」)" - 8:49

6."Barzel (Iron Fist「弾圧の支配」)" - 2:02

7."Gariin (Nucleus - The New Settlement「核心-新たな住居」)" - 7:59

高らかなトランペットで幕を開ける(1)は時にコラージュ風の場面が交錯。穏やかさと緊張が重なり、緊迫が勝っていく。ドイツ語の演説は何を喋っているのだろう。

そして前半クライマックスの(2)。ハーシュ・ノイズが炸裂。たしかに冒頭から高周波がしたたり落ち、耳には良くない。背後でガラスが次々割れる音が轟く。中盤では男たちの怒声風の声も挿入、暴動の夜がテープ・コラージュと込みで鮮烈に表現された。
ノイズ作品として丁寧な作りに感服する。後半では生楽器演奏にずれ、最後はノイズと演奏のミックスに。耳に優しくないが、本当ならばじっくりと聴きこみたい良曲だ。

ぐっとボリュームを下げた(3)は弦を中心に、細やかで美しい音像が広がる。思い切り音量を上げて聴いて欲しい。すると、良く聴こえる。ジリジリと残骸を踏む靴音のノイズが、冷徹にときおりミックスされてることに。こうして、一夜明けた悲劇の残滓が表現された。

(4)は意味合いがつかみづらい。Rectificationとは「矯正/修正/是正」の訳が当てられる。間違ったものを正す、が英語の語意らしい。日本語ではそれぞれ、微妙にニュアンスが違う。ナチスにより暴動後に加速したユダヤ人の環境を皮肉って、本語を当てたと想像する。
楽曲は弦楽器の小品。パーカッションはリズムを刻まず、ランダム気味に鳴る。メロディは薄く即興風で、曲の構造は読みづらいが。全て譜面かも知れない。

ハードなエレキギターと男性ボーカルのコラージュから、無秩序な弦アンサンブルへ。ノイズから現代音楽にと、(1)に続きファイル・カードっぽくクルクルと場面が変わっていく。
クラリネットとトランペットも再び加わり、メロディアスなはずなのに。次の刹那、ノイジーな風景へ変わってしまう。流転し、定まらない。

中途半端に終わった(5)のメロディから、ひしゃげて歪みまくったギター・トリオへ。抑圧を象徴した(6)だ。ほぼ一本調子に突き進み、中盤でビートが消え男性ボーカルのサンプリングが重なる。ハーシュ・ノイズもかぶった。
コンセプトとして単調にもできたはずなのに、丁寧に作曲して楽曲の魅力も残したゾーンのバランス感覚が冴えた一曲。

アルバム最終曲の(7)は強制収容所への連行を描いた。淡々と重なるパーカッション。左右に配置され降り注ぐさまが、冷酷な行進を連想する。不穏なベースのメロディが浮かび、オスティナートへ。鋭くエレキギターも加わった。

リズムとベースが高まるなか、ギターがソロを取る。フレーズが畳み掛けた。
声が加工され、ワウのように響く。楽曲としてアドリブ要素は無く、明確にここでも作曲されている。せいぜいギターのフレーズくらいが即興か。終盤でベースがフリーに溶けた。

楽想は、悲痛な叫びのようだ。
あまり楽曲コンセプトに感情移入して聴きたくはないが。本作はこの後にゾーンが連発する数理やオカルティックなルールを適用した、アクロバットさと違う。
言葉を使わず音楽で、テーマを明確に表現した標題音楽だ。

この作品はゾーンの50歳記念一か月ライブでも取り上げられた。03年9月23日、1stと2ndセット双方で。だいたい10年に一回、ライブでやってるみたい。この夜の様子は音盤化されておらず、具体的にはわからない。このレビューから推測するに、一セット完結で、二度回し公演のようだ。

テープ・コラージュも重要なポイントなこの曲を、再現しつつ即興要素もあったみたい。(2)のノイズ部分はどう表現したのか。どこまでアルバムを再現したのか。謎がいっぱいだ。できれば音源が残っていて、いつの日かリリースされるといいのだが。

Personnel:
Anthony Coleman: Keyboards
Mark Dresser: Bass
Mark Feldman: Violin
Marc Ribot: Guitar
William Winant: Percussion

David Krakauer: Clarinet, Bass Clarinet on 1 & 5
Frank London: Trumpet on 1 & 5

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