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坂本龍一 「Discord」(1997)

 彼のバランス感覚とポップスターな立場を昇華させたオーケストラ作品。

 実験音楽もできる。過激な前衛も可能だ。しかし無闇な先鋭はビジネス的に成り立たない。パトロンに金を与えられているのではなく、大衆音楽のステージに生きているがゆえに。
 坂本龍一の初となるフル・オーケストラの楽曲を収録した本盤は、彼の精緻な知性と理性を芸術性に注ぎ込んだ作品になった。
 97年1月に行われたオーケストラ・ツアー"f"のために書き下ろされた楽曲を収録。

 およそクラシック作曲家にとってオーケストラ曲を書くのは夢と言う。誰が言ったか覚えてないが。膨大な予算ゆえに実現はなかなか困難だが、天下の坂本龍一ならばそれは可能だ。
 映画音楽でのオーケストレーションとは別次元で、作曲できる機会を坂本は十二分に使用した。

 もともとは自曲をオーケストレーションしたツアーが最初にあり、第二弾が本作を演奏したツアーだったらしい。本曲が第一部、第二部は遡ること5年前の92年にバルセロナ五輪用に書き下ろした曲でプログラムをまとめたそうだ。

 タイアップのつかないフル・オーケストラならば、本曲が最初ではないか。現代音楽の文脈を踏まえながらも、和音も奏法もかなりポップな点を残している。
 いや、ポップと聴かない人も多いか。不協和音や特殊奏法を強調せず、雄大で朗々たる無常の世界を、坂本は本作で描いた。

 佐渡裕の指揮で緩やかに鳴らされる弦は、断続的に坂本のピアノが加わる。時にDJ SpookyやDavid Tornの電子音やサンプリングも加わった。しかし主役のストリングスは、頼もしくも無常に立ち尽くす。

 楽典的な複雑さを聴き取ることはできないが、少しばかり重厚さに寄りつつも、弦の響きは極端に不協ではない。むしろロマンティックな響きすらわずかにまとう。
 坂本の奏でるピアノも、協奏曲まで目立つことはない。一要素としてたゆまず吹き出し続ける弦の揺らぎに溶けた。

 もっと滅茶苦茶なアプローチでもファンは全肯定するだろう。ここぞとばかり観念的もしくは野心に満ちた方法論でも許されたろう。
 しかし坂本は極端に振り切れなかった。オーケストラと人工的なサンプリング音などと融合をさりげなく取り入れるにとどめ、激しく鳴る場面もクラシックの文脈から外れない範囲に抑えた。

 これは日和見ではない。坂本の意識無意識のバランス感覚ゆえだ。羽目を外して観客を置いてきぼりにせず、なおかつ自らの創作力と美意識で許せる範囲の過激さに留めた。
 東洋的な神秘性を持ったメロディを埋め込むオマケまで入れて。

 たとえ予備知識なしに本盤を聴いても「坂本のアルバムだ」と言われたら、なるほどとひざを打つ。特に4楽章で溢れるメロディは、"ラスト・エンペラー"を筆頭に過去のサントラで聴ける、ロマンティックなフレーズの変奏めいた旋律があからさまに現われた。

 坂本は本盤へ収録曲を"Untitled"と名付けた。もったいぶって「作品番号、うんぬん」と大上段に構えない。
 せっかくのオーケストラで好き放題できるチャンスを、敢えて克己心を持って上品かつ知的にまとめた。この製作こそ坂本の美意識なのだろう。

 いわゆる前衛音楽を求めると、本盤は物足りない。かといってロマン派の分かりやすいクラシックとも違う。微妙にどの世界にも無く、さりげなく新しい世界を坂本は本盤で描いた。
 
 そして最後に、敢えて別ミックスを収録して世界観を自らぶち壊すような茶目っ気も混ぜた。
 5分程度と短く絞った(5)はむしろ、雅楽と西洋音楽、クラシックとクラブ・ミュージックが溶けた、分かりやすくクライマックスを演出したハイライト集のようなものだ。

 これはひどく罠が仕掛けられた作品である。安易な批判は音楽が持つ奥の深さに足元をすくわれ、全肯定には単調さが先に立つ本曲を褒めるために聴きこまなければいけない。
 芸術家でなくポップスターの生き方を選んだ坂本による、絶妙なバランス感覚が仕込まれている。



Track list
Untitled 01
1.第1楽章 グリーフ
2.第2楽章 アンガー
3.第3楽章 プレイヤー
4.第4楽章 サルヴェーション
5.ジャングル・ライヴ・ミックス・オブ・アンタイトルド01~第2楽章 アンガー

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