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井上陽水 「Negative」(1987)

 地味だが、だからこそ心地よく聴けた。

 セルフ・カバー"9.5カラット"(1984)を企画盤と捉えるならば、"バレリーナ"(1983)から3年ぶりのオリジナル・アルバム。
 
 もっとも間にベスト盤"明星"(1985)"平凡"(1985)、ライブ盤"クラムチャウダー"(1986)、"井上陽水・安全地帯 LIVE at 神宮球場"(1986)を挟んでおり、リリース商品は止まっていない。

 さまざまなアレンジャーを起用して、つかみどころのない作品になった。
 馴染みの顔触れとして星勝がB4、当時のキーマンな川島裕二がA1,5、B1と勘所は抑えた。
 他に武沢豊がA2、清水信之がA3,B3,5、大村憲司がA4、矢作渉がB2と多様な顔ぶれ。

 統一感は薄く、楽曲も派手さはない。そのせいかな、なんだか気負わず素直に聴けた。
 ボーカルをむやみに立てずトラックに溶け込ませるミックスは、前作"バレリーナ"ゆずり。大御所として君臨しつつ、エゴイズムと自己顕示の毒にはかからなかった。

 新味や新境地をむやみに追わない。曲を作り、歌う。アレンジで時代と向かい合う。
 独立独歩で、なおかつ世間へ背を向けない。シンガー・ソングライターとして、陽水なりに誠実な作りを施した作品だと思う。

 本盤の次、3年後の"ハンサムボーイ"(1990)で収録曲をタイアップまみれにした、バブルに浸かったビジネス・モデルの作りとは対照的だ。

 ジャケットは地味、タイトルは「否定的」。功成り名遂げて、時代は好景気の予兆が見えて、流行は軽佻浮薄の真っ最中。例えばユーミンで言うと、"ダイアモンドダストが消えぬまに"(1987)の時代だ。リアルタイムの世代ならば、このユーミンと陽水の極端な落差へピンとくるだろう。

 陽水のスタッフは前述のようにベスト盤やライブ盤をひっきりなしにリリースして、商売を途切れさせない。
 なのに陽水自身の創作活動は、むやみに世間へ踊らされず浮ついて騒がなかった。

 アルバムの仕上がりは地味だ。しかしこじんまりした作りは、ぎらぎらした欲望を控えて、静かに音楽と向かい合っている。
 抒情的なメロディに陽水節の歌声と、彼流の鎧は解いていない。
 だがニューウェーブ風と、ふんだんな弦を使った優美なアレンジの双方を曲によって渡り歩きながら、どちらもきっちり音世界を成立させた。
 そして、ゆったりと優美に陽水は歌っている。

 判官贔屓的な発想かもしれない。でも前作"9.5カラット"での名曲ぞろいな聴きごたえを楽しむ一方で、本盤の密やかさにもぼくは惹かれた。


Track list
A1 Negative
A2 Moon
A3 恋こがれて
A4 揺れる花園
A5 記憶
B1 Seventeen
B2 全部Go
B3 We are 魚
B4 Why
B5 Love You

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