へろほいにとは

「調性で読み解くクラシック」吉松隆:著(2014:ヤマハ・ミュージックメディア)が大変面白かった。クラシックの薀蓄本かなと思いきや、まったく違う。
 とても分かりやすい、楽理の教科書だ。ごく初歩からとんとんとんっと話が進み、調性の仕組みがすいすいと腑に落ちた。
 クラシックと銘打ちながら、本書は音楽全般へ目配りした論述だ。特に日本の音階は全く知らなかったため、新鮮に読めた。

これまで断片的な知識が一気に整理された気がする。高校生の頃に、この本を読みたかったな。

『「難しい理屈や楽理など知らなくったって音楽は楽しめる」というのも正論。しかし、単に「楽しい」と聞こえる音楽の内には、調和を成立させるための高度な「理論」や「技」がぎっしり詰まってるのも事実。そのことへの理解なしに「本当に楽しむ」ことはありえない』


 って言葉に共感する。だが素人には理論へのハードルが高かったのも事実。
 
 楽器が鳴りやすいとか弾きやすい調があるって、今までピンとこなかった。だが本書を読むと、その表現に親しみがわいてくる。
 管楽器の"キーを指で押さえ、管を長くして、より低い音を出す"って表現は、なるほど!と膝を打った。通勤中に電車の中で。そうか、そう考えればいいのか。

 逆に意外だったのが、クラシック全般で移調楽器は実音でなく記譜音を書いてる(らしい)こと。あれって、学生向けブラバン用の簡易楽譜なのかと、ずっと思ってた。せめてスコアは実音かと。よくプロは、すぐに読み替えられるな。

 たとえ絶対音感が無くとも、記譜音の譜面は気持ち悪い。表記の音と出る音が違うからだ。高校のとき、ぼくは最初はテナーで、次にバリサクを吹いていた。バリサクは、まだまし。Es管だから頭を切り替えられる。
 テナー・サックスはB管だから始末悪い。譜面はド、抑える指もド。でも出る音は半音下。これは心底、気持ち悪い。
 ずっと慣れず、B管は一刻も早くやめたかった。せめて譜面は実音で書いてくれないかと思い続けてたっけ。

 調性の話でムソルグスキー"展覧会の絵"も♭6つ、なのか。弾きづらいのに。半音、キーを変えればすべて無くなる。これも本書の説明で納得した。

『自然倍音から逸脱した「ヨーロッパ的でない調」を選んだことで生まれる「異教徒的な響き」を』選んだため、という。

 この一文、唐突に読むとやたらめんどくさいテクニカル・タームまみれと思う。しかし本書を読んでほしい。この一文は68頁。けれどもここまでの頁で、これらの専門用語を実に手際よく書きまとめてる。うーん、すごい。

 ちなみにクラシックは譜面通り弾けることが前提だ。だから「わざと移調して録音、元の調に戻した」って録音物は、ぱっと思い浮かばない。
 実際に違う調で録音、ピッチ上げるのは特にポップスだとあるはず。ぱっと思いつくのが大滝詠一の"君は天然色"。
 クラシックで半音上げて録音、キーを戻した音源って聴いて見たい。どんな響きだろう。できればデジタル録音で。

 そうそう、先日「スタジオの音が聴こえる」高橋健太郎:著(2015:DU Books)も読んだ。"ステレオサウンド"誌の連載をまとめたもの。これもアナログの卓を手際よく整理して勉強になった。二ーヴやSSLでなく、ヘリオスのコンソールを軸にイギリス・ロックの音作りを興味深く読ませる。
 読んでたら実際に聴きたくなるもの。トライデント・スタジオのくだりで、ハウス・ピアノはベヒシュタイン。19世紀製があり、初期エルトン・ジョンもビートルズ"ヘイ・ジュード"も、ボウィ"レディ・スターダスト"も同じピアノだったんだ。
 なおこのピアノは移動中に落として、壊したらしい。たわけものめ。
関連記事

コメント

非公開コメント