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Thelonious Monk 「Solo Monk」(1965)

 武骨さを演出として、コンパクトにまとめたショーケースな盤。

 48歳のセロニアス・モンクのピアノ・ソロをコンセプトにした盤の第4弾。コロンビア移籍後、7枚目のアルバム。

 50年代のモダン・ジャズ時代を経てソロを思い切り回すジャズの文化が生まれた一方で、本盤はソロ・ピアノとはいえどの曲も数分単位と短い。
メジャー・レーベルのビジネス展開として曲数を稼ぐプロデュースの意向があったのかもしれない。マイルスには自由に長尺を許容させており、あくまでミュージシャンの意向を尊重か。
 つまりモンクは、アドリブで延々とつなげる趣味は希薄だったのかもしれない。

 どの曲もテーマからアドリブを展開して、一曲上がりとそっけないほどの仕上がりだ。
 モンクは自分の芸風を意識した上で、創作意欲をコンパクトにまとめていた。
 全体の印象は硬くて、スマート。テンポ・ルバートは控えめで、タッチもどちらかというと一本調子気味。強めに鍵盤を叩き、抒情性より分かりやすいスイング感を強調した。

 前ピアノ・ソロの"Thelonious Alone in San Francisco"(1959)から6年経過、さらにアプローチは洗練された。スイング感とソロ演奏の自由なテンポ感が、絶妙な割合で混ざってる。おそらく、かなりのところが計算だ。
 たとえば心地よい煙ったムードの"Ruby, My Dear"も本盤収録はテイク3。生きざまで弾きまくってハイ終わり、ではない。きちんと出来上がりを把握してる。
 
 やはりぼくは"Thelonious Himself" (1957)が、モンクのピアノ・ソロ盤で特に好きだ。クラシックにも通じるルバートを使いまくったドラマティックさは本盤で希薄に思える。
 もっと冷静に、テクニックを駆使して作り上げたのが本盤ではないか。老練、もしくは円熟ともいえる。
 奔放で奇矯なイメージのあるモンクだが、残された音盤では決して傲慢ではない。冷静に音楽へ向かい、きちんと折り目正しさも見せた。
 オリジナルは4曲、かな。決して作曲家としての方向性を全面にも出さない。聴き手が耳馴染みある超スタンダード"ダイナ"で幕を開け、スマートで少しブルーな寂しさを漂わせた好盤に仕立てた。

 本盤は隅々までコントロールされ、なおかつアウトさせすぎない。モンクの手腕が見事だ。
 まさにメジャー・レーベルでの作品。万人受けをきっちり意識した。そこが「生き様を聴き手が勝手に、音楽に感情移入して聴く」スタイルで聴くときには、食い足りない。
 余計な思い入れを廃して、素直に音盤へ向かうBGM的な聴き方ならば、本盤はするりと柔らかく、時に武骨さをアクセントとして滑らかに耳へ滑り込んでくる。

 この盤は別テイクがいっぱいあるボートラで再発もあり。次の盤がそれだ。でも、やはり本盤を聴きまくってから、別テイクに手を伸ばしたほうが楽しめる。モンクの別テイクは試行錯誤よりも、没テイクって表現がふさわしい。
 別テイクのほうが悪い、って意味じゃない。自分のコンセプトに合致するよう、最も磨き上げられたテイクがオリジナル盤・シーケンスに採用されているって意味だ。
 
Track list
1 Dinah 2:27
2 I Surrender, Dear 3:43
3 Sweet And Lovely 2:58
4 North Of The Sunset 1:50
5 Ruby, My Dear 5:35
6 I'm Confessin' (That I Love You) 2:36
7 I Hadn't Anyone Till You 3:17
8 Everything Happens To Me 3:25
9 Monk's Point 2:11
10 I Should Care 1:56
11 Ask Me Now 4:35
12 These Foolish Things (Remind Me Of You) 3:32

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