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細野晴臣 「コチンの月」(1978)

 時代を超えた音楽、を体現した傑作。

 YMO前夜、78年の作品。それまでポップスやロックのフィールドで革新的な作品を連発していた細野晴臣が、のびのびと前衛へ踏み込みながらも聴きやすさを明確に提示した。
 「この次はモアベターよ」
 "はらいそ"(1978)の最後に告げた細野のセリフは、一般的にはYMOを指す。しかしWikiのディスコグラフィーだけを見ると発売順は本盤のほうが先だ。
 1978年4月25日  "はらいそ"
 1978年9月21日  "コチンの月"(本作)
 1978年 11月25日 "YELLOW MAGIC ORCHESTRA"
 ・・・なんとも急ピッチに、凄まじい作品を連発していたものだ。

 実際のところ、「この次はモアベターよ」は定説通りYMOを指していたのだろう。けれども確かに本作も、強烈な"モアベター"だ。それ以前に小森のおばちゃまのギャグで、自分の革新性を強烈にアピールした、細野の独特なユーモア感覚だけかもしれないが。

 本作は横尾忠則と連名で発表された。実現はしなかったが、そもそもYMOのメンバーに横尾も想定されていた。あくまで後年のこじつけだが、細野にとって本盤はYMOの1stと併せて、シンセサイザーが主流な作品の一軸における両輪なのかもしれない。
 一人で全て作り上げたわけではなく坂本龍一と佐藤博、二人の鍵盤才人で脇を固めた。
 プログラミングは松武秀樹。つまり高橋幸宏と入れ替えれば、そのままYMOが成立する。

 本盤の素晴らしいところは、YMOの人力ジャストなノリと異なる、生暖かいシーケンサーの波打ちだ。
 もはや本盤は40年前。しかし今の耳で聴いても、ほとんど古びていない。人の声をサンプリングと言うかテープ加工した音色が、わずかに古めかしいだけ。
 音楽そのものの躍動感と静謐さは、時代を超えた美しさを保っている。

 打ち込みがなかったであろう時代。シーケンサーはあったのかな。しかしDTMでできそうなサウンドを、緻密に作り上げた音像には圧倒される。しかもアナログ・シンセのなまめかしさを保ったままで。
 本盤はあまりビート性を強調しない。短い電子音のアタックでリズム感を表現した。

 A面は前衛的な電子音の組曲、B面が比較的ポップな展開。しかしいわゆるポップスとは全く違う。電子音楽でフュージョン的な明瞭さを扱った初期YMOとは真逆のスタイルだ。
 売れ線を狙う一方で前衛のバランスを取るべくあらかじめ本作をリリースしたかのよう。少なくとも本盤を市場に問うてからYMOを作るようなスケジュールではあるまい。思い切り本盤で実験をして、YMOに臨んだかのようだ。

 波打つミニマルなA面の風味がまず、素晴らしい。トロピカルとエキゾティック。南国のきらびやかで妖しい雰囲気と酩酊感が、つかみどころなく構成があいまいなアンビエント・テクノで紡がれた。当時、そんなカテゴリーは全くなかったけれど。
 後年のモナド、"観光音楽"、アンビエント。それらのテーマが既に本作で結実している。

 ぼくは当然、本作は後追いだ。リアルタイムで本作の衝撃を味わえていない。けれどもはっぴぃからティン・パン、ロックでポップな細野のイメージからしたら本作は恐ろしく実験的だったのだろう。横尾のブランドあってこその発表だったのかもしれない。

 B面の展開も素敵だ。B1では極端にポップながらミニマルに漂うモチーフの交錯で、素材をあっけらかんと混ぜ合わせてポンとおいた融通無碍さが表現された。
 メロディは手弾きなんだろうな。しかし正確無比でジャストな展開がスリルを産む。

 B2は沖縄音楽を混ぜて、"より身近なトロピカル"の風情から、逆に異世界感を演出か。過去数年の方向性から地続きさせ、本作での前衛性を柔らかく包んだ。
 そもそも独特の文化をはぐくんだ琉球の世界観や歴史は本土と大きく異なる。距離的、国境的に近しいだけであり、本土の文化から見ると沖縄音楽は強烈なトロピカル感が満載だ。ニューオーリンズなどのアメリカ文化から、アジア圏へ細野の興味が移ったか。

 本盤の作成きっかけそのものは、横尾とのインド旅行が下敷きと言われる。にもかかわらず沖縄要素を入れて多国籍さを演出するあたりが、多様で貪欲な細野の才能を体現した。
 最終曲のB3は、ずしんと鳴る低音の電子音がリズミック。本盤でもっともビート性が強い。B2の持つ沖縄グルーヴもビート感はあるけれど。
 クラフトワークあたりの影響か。無機質な音列を複数組み合わせ、ムーグっぽい野太いうねりでサウンドへ巨大な筆での一本書きみたいな肉体性を表現した。

 LP一枚のコンパクトな作り。けれども中身は強烈に濃い。聴きごたえ満載だ。複雑で手の込んだ作品ゆえのふくよかさが、とても美味しく味わえる。
 
 YMOに全力投球した細野の次なるソロ・アルバムは4年後の"フィルハーモニー"(1982)まで飛ぶ。それでも4年か。何と短いスパンだろう。振り返ると激流の進歩だ。時の流れは速くして、振り返るとさらに激しい。

 廃盤で聴きづらい時期もあったけれど、18年7月に配信で容易に聴けるようになったのが嬉しい。 
 

Track list
A面:ホテル・マラバル
A1 一階―海の三角形 Hotel Malabar Ground Floor …Triangle Circuit On The Sea-Forest… 2:28
A2 二階―動く三角形 Hotel Malabar Upper Floor …Moving Triangle… 8:45
A3 屋上―レベル・アタック Hotel Malabar Roof Garden …Revel Attack… 8:58
B1 肝炎 Hepatitis 4:43
B2 ハム・ガラ・サジャン Hum Ghar Sajan 8:50
B3 マドラス総領事夫人 Madam Consul General Of Madras 9:04

Personnel:
細野晴臣
坂本龍一,佐藤博:key
松武秀樹:Computer programer

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