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TZ 4020:Kramer "The Brill Building, Book Two Featuring Bill Frisell" (2017)

 幅を広げたユダヤ人ポップス作曲家集の第二弾。

 クレイマーと60年代ポップス好きにこそ、もしくは「好き」にのみ楽しめる盤。
 しみじみと本盤は愛おしい。クレイマーが自分の音楽と、思春期に触れたであろうさまざまなポップスへの愛情が詰まっている。それでいて、どこかやっつけっぽい潔さも。この二面性がクレイマー及び、本盤の魅力だ。

 5年ぶりのクレイマー名義で新作は、カバー集の第二弾。
 オリジナルのネタがないのだろうか。なんかもどかしい。同年にはShimmy 500を立ち上げ、Jad Fairと"The History Of Crying"をリリースしたというのに。

 本盤は拠点のノイズ・マイアミで全てのトラックを2017年に録音が基本。ただし本作はビル・フリゼールをゲストに招いて、全編でエレキギターがダビングされた。フリゼールの録音は17年3月5~6日と意外に早い。
 楽曲の基調は完全に収録が終わったものへ、淡々とフリゼールがダビングした風情なのに。フリゼールの演奏に触発されダビング作業、みたいなものも行ったのかな。

 そう、本作はかなりフリゼールの貢献度が希薄だ。基本は歌ものポップス志向。つまりクレイマーとフリゼールのセッションめいた企画はそもそもなく、あくまでギター・ソロを提供するって構図になる。
 単に間奏を片端からダビングって味気なさではない。歌に被ってばんばんギターが入る。(1)の中盤などは複数のギターがうねった。
 もしかしたらこのあたりはクレイマーと疑似的にギター・バトルしてるかもしれないし、多層ダビングしたフリゼールのギター・フレーズを元にクレイマーがアレンジをいじってる可能性もある。

 けれども、基本的にフリゼールは飾りもしくは賑やかしに感じてしまう。
 話題作りに有名どころを起用したって印象を受けてしまった。

 録音体制もしかり。がっちりとフリゼールが制作へ関与ではない。あくまで1日だけのお仕事。
 フリゼールのテイクは17年3月5日にStoneへ出演はPHOENIXでフリゼールは無関係、3月6日は休演。ライブのあとにクレイマーが機材を持ち込み、6日一杯で録音ということか。
 Stoneでの録音も当然クレイマー。ジャケットはブリル・ビルディング1650のビル前にたたずむ二人なため、フォト・セッションも同日にこなしたと思われる。

 ただし本盤のマスタリングはScott Hull。TZADIKの盤でかなりの枚数をこなすエンジニアだ。レーベルのトーン統一で彼の起用はわからんでもない。でもなぜ、クレイマーにやらせない。せっかくのクレイマーじゃないか。エンジニアじゃないか。
 サウンド・クオリティを守る最後の砦は自分の身内ってことか。ジョン・ゾーンのかたくなっぽさも、わからんでもない。
 そして肝心なところにおける中途半端さが、クレイマーのファンからするともどかしい。
 
 本盤のトーンは前作に比べたら明るい。本来のポップさを、クレイマー流のねじれて煙った暗さに落として、まさに楽しんで作った風に聴こえる。
 総じて本盤の仕上がりは楽しい。細かくアレンジされた、クレイマーのサウンドを楽しめる。煙った空気感が愛おしい。だからこそ、完全オリジナル曲集を聴きたくもあったが。

 さて、選曲を見てみよう。一般に言うブリル・ビルディングの定義では違和感が残る。クレイマーはまさにリアルタイム世代のはずだから、外野が言うのは変だけど。
 
Track listing:
1 America 5:16
2 Solitary Man 4:59
3 My Little Red Book 5:08
4 Needles And Pins 5:17
5 Crying In The Rain 5:02
6 Kicks 4:33
7 Can't Get Used To Losing You 4:01
8 This Diamond Ring 4:58
9 Here Comes The Night 4:48
10 Porpoise Song 5:19

 ちょっと読みにくくなるが、まずは羅列。
 (1)サイモン&ガーファンクルの71年作で、曲は当然、ポール・サイモン。
 (2)ニール・ダイアモンドが自ら歌った66年作。
 (3)マンフレッド・マンがリリースした65年のバカラック作
 (4)ジャッキー・デシャノンが63年発表したジャック・ニッチェの曲。
 (5)エヴァリー・ブラザーズが62年発、キャロル・キングの作品。
 (6)ポール・リヴィア&レイダースの66年発、マン=ウェイル作。
 (7)アンディ・ウィリアムスが63年発、ドク・ポーマスとモート・シューマン作。
 (8)ゲイリー・ルイス&プレイボーイズの65年発、アル・クーパーらの作曲。
 (9)ゼムのレパートリーで64年バート・バーンズ作。
 (10)はモンキーズの68年作でもういっちょキャロル・キング。これはゴフィン=キングの作となる。

 年代だと62年から71年。当然ぼくはすべて後追い。ブリル・ビルディングの定義も実感でなく猛烈に主観ながら、なんか違うと思う。過大解釈とでも言おうか。
 なんとなくブリル・ビルディングってビートルズがアメリカ進出の前後で、なおかつカネの匂いがぷんぷんするポップ・ソングってイメージだった。要はもろに職業作曲家がアイドル的な歌手に提供した、という。そしてあくまでアメリカ限定。

 この基準だと"ブリル"っぽいのは(4)(5)(7)(8)くらいか。実を言うと(5)のエヴァリーはほんの少し違うイメージがあるけど、これは何も説得力や根拠がない。
 71年な(1)は論外として、(3)と(8)はイギリスだ。いや、作家はアメリカ人だが。
 (2)(6)(10)は感覚的に"ブリル"的だが66年や68年作で、ちょっと遅ればせながらのイメージ。

 つまりまさにクレイマーが楽しんだ往年のポップスを、独自のフィルターを通してノスタルジックに再現した。激しいパンキッシュやノイジーな点はない。穏やかに老成している。
 しみじみとクレイマーの年齢を感じる盤だ。

 クレイマーは本盤に"Note"と題した詩を載せている。訳してみよう。実は一行目の"On the Saffron down of Brill 2"ってとこから意味が分からない。

 ブリル2のサフランな夜明けに/ わたしは漕ぎ出した/ コンパスもなしに/ 向かうはサイレンの歌/ サティのグノシエンヌ1番へ

 わたしはいつもそれを聴いている/ 心深く/ このところ

 ときには、見ることさえも 

 いまこそ!/ 北極星!/ 君には聴こえないのか?

 再度伝える(われはなんじへ)/ 10個の古き曲/ ブリル・ビルディングと/ ブロードウェイ1650番からの

 すべての配役は揃った

わたしはビル・フリゼールを据えた/ 道先案内人に/ 甲板長に/ クイークェグに(メルヴィル"白鯨"の登場人物)/ ブリル2の内部への 
 
 そしてそのとき/ まるで夢の中/ 我々は航海した/ 一度にすべての方向へ/ そして到着した/ 至る所に 
 
 -2017年夏 

 そしてクレイマーはクレジットの最後、サンクス欄に記す。「最高に深い感謝をジョン・ゾーンへ、そしてビルへ。それはまだ私の心にある。さよなら、さよなら、さよなら・・・」
 もちろん淀川長治の物真似では断じてない。そしてもちろん、(10)の歌詞にかけた言葉だ。
 とはいえこの記し方が、ぼくのつたない訳では表現できていないが、
 なんかクレイマーが改めて人生をまとめに入ってるような。
 寂しさを持ちつつ、決別する。そんな心情を思い浮かべて、切ないなあとぼくが勝手に思ったことをここへ記しておきたいのだ。

 余談だが、本盤のリリースは"Spectrum"シリーズからリリースされた。前作、第一弾は"Lunatic Fringe"シリーズだったのに。統一性が無く、並べるのに座りが悪い。
 これまたジョン・ゾーンがTZADIKをまとめに入ってる証明のような。近年、ゾーンはStoneを閉鎖した。TZADIKのリリース数もめっきり減っている。いまさら新人やシーンの開拓・維持よりも、老年に差し掛かり自らの音楽制作へ集中したいのではと思われる。

 今のところほぼ毎月TZADIKから新譜は1~2枚出続け、そのうち半分くらいがゾーンのソロ名義だ。往年の月産に比べたら数量は減ったが、それでも普通に考えたら十二分に旺盛な活動だ。

 ゾーンはまだ64歳。一般サラリーマンなら定年の歳だが、近年のミュージシャンの頑張り具合から見たら、隠居にはまだ早い。
 ちなみにクレイマーは今年が還暦。クレイマーもゾーンも、まだまだ活躍をして欲しい。

 最後は本盤の感想から外れた文章になってしまったが。老骨に鞭打つ、もしくは若作りする、そんな方向とは全く逆ベクトルで老いをそのまま表現して若さを振り返るような本盤の作りを見て、どうもこんなことを感じてしまったんだ。

Personnel:
Everything Else - Kramer
Guitar - Bill Frisell
Mastered By - Scott Hull

Produced,Recorded,Mixed 2017 At Noise Miami
Bill Frisell Recorded March 5-6 2017 at The Stone by Kramer

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