"The Lake"

最近よく聴いてる盤と言えば、菊池凜子がRinbjö名義で発表の"戒厳令"(2014)。プロデューサーの菊地成孔ががっつり作り、至高の傑作ラップ盤に仕上がった。レコ発は体調崩して行けなかったんだよなー。

聴くたびに新たなポイントに気づき、繰り返しても飽きない。
もっとも一日に何度も聴けない。思い切りアイディアを詰め込んだ濃密なアルバムのため。正直、前半だけで腹一杯になってしまう。なかなか先まで進めない。ようやく最近、10曲目くらいまで「聴いた」って気分になった。


スパンク・ハッピーを経由し、一連のヒップホップ好きを提示した菊地成孔らしい、相反するさまざまな美学が詰まってる。
エレガントでナスティで残酷で純真で、豪華さを積み上げ無邪気に崩す。シンプルながら練られている。

菊地凜子は素材とし振り回されながら、したたかで透明な存在感を出す。彼女のアルバムだから、当然。けれども音楽は菊地成孔のソロと聴けるほど。トラック・メイクを他の人が行っていても、どんなに客演ラッパーが居ようとも。
昔は「トラックメイクまで全て一人で行わねば、ソロとは言えない」と思い込んでいた。今はだいぶ考えが変わっている。
とにかく本盤は、菊地凜子がサウンド・メイクを主導せず、菊地成孔が作ったサウンドを演じこなした立ち位置なだけに、プロデューサーの嗜好がどっぷりと詰まってる。

ということで今日の日記のタイトル。アルバムを締めくくる、ひときわメロディアスなバラードだ。菊地成孔のオリジナルではない。Clare and the Reasonsの"KR-51"(2012)に収録曲のカバー。
Rinbjöの番ではピアノが静かにアルペジオを奏で、ストリングスが滴る美しさで包み込む。ペペの変化形、として聴いてしまった。二番の辺りからピアノとストリングスがフレーズを重ね合い、複層のレイヤーを作っていく。素晴らしい名曲だ。
ドライな歌声と、柔らかく弾むストリングスとの対比が凄まじい。

ふと思い立って、オリジナルを聴いて見た。ずいぶん違うな。和音とメロディの関係は、Clareのほうがドライだ。サビの音程はくっきり違う。オリジナルが低い。
歌声は素朴なぎこちなさでトラックと絡み、寂しさと強固さを表現した。終盤での低音弦みたいな響きは、強靭な強い意志表示を感じる。

オリジナルは楽器の多寡や、音色の多面性で細かく描いた。Rinbjö版は楽器の数を増やさず、グッとわかりやすく美しさを強調した。和音の響きは後者のほうが好み。すううっと絞り上げるような弦の響きが愛おしい。

以下のメイキング、35:27秒あたりでピアノ譜割の変更がわかる。最初は16分符のフレーズが、中盤で1拍6連符に変わる。頭2連が8分、あと4連が16分。
ピアノは1拍ごとに3拍子の感を出し、弦の16分符フレーズと重なる。一拍ごとに3と4のポリリズム。浮遊感が、ひときわ強調される。

Clareは以下のPVがある。Rinbjöの方は、以下の20:40秒あたりから聴ける。もっとも後者は音質を落しており、細かなニュアンスは聴けないが。
  

しかしRinbjö"戒厳令"は女優ならでは、の盤だ。ラップで、歌以上に多様な魅力を出せる。リズム感や声質の多様さが、歌唱力に縛られず表せる。メイキング・ビデオ見たら、そうとうに編集施してると分かるが。凄いな、今の録音技術は。菊地成孔がネタバレ、と釘刺したのが良くわかる。

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