Date Course Pentagon Royal Garden 「Structure Et Force」(2003)

 強固なコンセプトのもと隙無く作られた組曲形式の傑作だ。JB的な統率をジャズの文脈で構築したポリ・ダンスミュージック。 

 デートコース・ペンタゴン・ロイヤルガーデンは本盤でハイブラス仕様と称して、3人の金管を導入。よりサウンドに厚みを増した。バンドは一体となり、統一感のあるサウンドを構築。本盤収録曲で有名なマッド・ビデオがある。一曲目の4拍子と5拍子を当てはめた動画だ。ポップでヘルシーでダンサブル。これが本盤の象徴であり、特徴だ。

 DCPRGの2年ぶり2ndアルバム。スタジオ作、として。実際はこの間にリミックス盤やライブ・アルバムもリリースしており、全く久しぶりの印象はなかった。ライブもけっこう行っていたし。

 DCPRGは本来、時限プロジェクトだった。菊地一流のハッタリではなく、あくまで「大編成でポリリズム・ファンクをダンス・ミュージックで提示する」の観点で。
 だが環境が好転してセールスが確保されたことと、菊地自身が音楽的な手ごたえを感じたのだろう。本来的な意味のバンドでなく、菊地のプロジェクトとして今に至るまで継続する、嬉しい誤算が続いている。

 当初の菊地の発言では、DCPRGは2002年には解散宣言が出ていた。たぶん本盤も当初のコンセプトにあり。もともとはフランスで録音される予定だった。
 だが菊地がこの時期に体調を崩して全てのスケジュールがリセットされる。当時のライブMCでスパンク・ハッピーも含めて膨大な録音スケジュールを語っていたが、ご破算になった。

 それと並行して、菊地はDCPRGを自分のペースで進化させず「アイアンマウンテン定食」と称して、各種のライブで1st盤のコンセプトを繰り返し観客に提示した。つまり明確なバンド・イメージの定着と浸透を図った。
 これが体調悪化による偶発か、一番最初のコンセプトからの活動かは分からない。だが前者ではとぼくは推測する。菊地は今も昔もアイディアの放出に積極的だったから。
 ともあれ現実世界で、観客はDCPRGを受け入れた。フロアはダンス大会となり熱狂に包まれることになった。

 さらに。DCPRGの特徴はメンバーの世代交代を積極的に受け入れたことだ。第一期のメンバーは凄腕かつ多忙ぞろい。毎日のようにライブを各地で繰り広げるメンバーがおり、ブッキングに苦労したという。そして個性派ぞろいで菊地のアイディアへ従属する素直さも無かった。
 まず、大友良英が抜ける。円満に。大友も菊地のバンドの一員で多忙になるより、自分の音楽を広げる道を選んだ。

 逆に菊地も、ONJQやビンセント・アトミクスから脱退して、DCPRGとスパンク・ハッピー、東京ザヴィヌル・バッハあたりに絞る。人のバンドでライブに出てたのはラクダ・カルテットくらいか。
 本盤のこの数年後、菊地成孔ダブ・セクステットとペペ・トルメント・アスカラール、さらにソロと活動プロジェクトを菊地はぐいぐい拡大させるのだが。創作力は溢れ続ける。

 バンド、の観点に話を戻そう。バンドとはメンバー全体の有機結合な発想と、リーダーとコンセプト体現とツリー構造の大きく二つに分かれる。菊地はジャズメン的な発想で、後者でバンドを運営した。
 すなわち大友が抜けた後、すぐに次のメンバーを加える。その後のDCPRGは若返りとして、数人のキーメンバーを除いてがらりと構成員を入れ替えた。ここではマイルスよりも、メッセンジャーズが近い。
 音楽コンセプトの変化によってメンバー変更でなく、あくまで活動運営に適したメンバー編成を菊地は選んでるように聴こえる。自分の音楽を体現する顔ぶれ、として。

 実際、DCPRGは現在で15年もの活動実績がある。今のメンバーはDCPRGを聴いた世代。基本レベルと共通言語がぐいぐい上がり、菊地の要求レベルも高まり続けている。とはいえこれは別の話。そもそもライブに行かないと、わからない。すなわちぼくは語る資格がない。

 DCPRGは本盤でハイブラス仕様と称して、3人の金管を導入。よりサウンドに厚みを増した。バンドは一体となり、統一感のあるサウンドを構築する。
 1stはコンセプトが連立した。マルチ・ポリリズム、菊地雅章、マイルス、大編成、メロウさと強固なダンスビート、スパンクスとの連帯、などなどなど。

 だが本盤ではポップかつダンサブルさへ明確にピントを当てた。「構造と力」がどうした、とかコンセプトめいた点はここで触れない。もう忘れてしまった。当時はP-Vineのページに菊地の解題も載っていたが、今はリンクが死んでいる。惜しい。
 菊地の膨大なネット・テキストを再構成した本か、収納するWebサイトってできないものかな。

 本盤に話を戻そう。DCPRGのアルバムは傑作ぞろいで一番好きなのを選びづらい。だが統一性の観点では、本盤がピカイチと思う。切ないムードをふんだんに溢れさせる一方で、隙や崩れたところは皆無。
 さらに不穏さもあえて抜いた。ヘルシー、と冒頭に言ったのはこの点。ジャズの煙った空気やフリーの危うさは皆無だ。まるでエアロビクス用の音楽みたいに、鋭利で整ったビートが詰まっている。
 
 毒が無いとか耳触りが良いだけ、とかBGM的になったって意味では無い。まるで逆。
 複雑な構成を聴きやすく、しかもきちんと完璧に構築した、と言う意味で書いている。
 演奏の不安定さは無い。ソロやアドリブの探り合いや弛緩も無い。すべてがきっちりまとまっている。編集がどのくらいあるかは知らない。聴いてるとライブ的なダイナミズムもある。
 1stでは少しダビングや編集での仕上げを匂わせた。だが本盤はスタジオの構築美を作りながら、ライブの躍動感を漂わせる。素晴らしい仕上がりだ。

 (1)のあまりにきちんと仕上がった楽曲イメージが強くて、この盤は強烈なダンスビートに満ちた感じある。
 だが実際はメロウさがふんだんに溢れた。テンポも高速一辺倒ではない。じっくり刻む曲がむしろ多い。

 ねっとりと滴る熱情が旋律に込められた。ペペにつながるセンチメンタルさが、ポリリズムのダンスビートに載った。ポリリズムの方向性として仮にアフリカ的な剛腕さ、合わない不安定さを両極に置いてみよう。中間はテクニックの整った肉体性となる。
 DCPRGの立ち位置はここだ。確実な技量が血肉化されている。それを奏者に委ねず、菊地は筋道を立てた。それがミニマルな整然さとなっている。

 全6曲。10分前後の曲が並び、じっくりと一曲を仕上げた。奏者がソロを取る場面もあるが、アドリブが主題ではない。あくまでもダンス・ビート。楽器の要素は抜き差しされ、メリハリを付けながら隅々まで整ってる。
 このアルバムも奥が深い。リズムの分析はぼくの手に余る。だが聴くたびに濃密な世界と、それまで聴き取れてなかったリズムの噛み合いに気づき、それらが産む躍動感にしびれる。
 
 最初はこれでDCPRGは完成に至ったかと思った。とんでもない。
 菊地は次なる"Franz Kafka's AMERIKA"(2007)で、本盤後半の世界感を拡大して、整然さをそのままに爛れるポリリズムの危うさを一気に開花させる。

Track listing:
1 La Structure De La Monderne 構造 1 (現代呪術の構造) 11:15
2 La Structure Del'Amérique Médièval 構造 2 (中世アメリカの構造) 8:16
3 La Structure Du Solide Rotatoire Et De La Prostitution 構造 3 (回転体と売春の構造) 12:54
4 La Structure Du Temple Et Paradis 構造 4 (寺院と天国の構造) 13:22
5 La Structure Des Lieux De Plaisir Et Du Port 構造 5 (歓楽街と港湾の構造) 11:38
6 La Structure L'Extraction Du D'une Boutelille De Champagne 構造 6 (シャンパン抜栓の構造) 5:00

Personnel:
Conductor, CD-J, Keyboards - 菊地成孔

Bass - 栗原正己
Synthesizer, Electric Piano, Clavinet - 坪口昌恭
Drums - 藤井信雄, 芳垣安洋
Guitar - Jason Shalton,高井康生
Percussion - 大儀見元
Tabla - 吉見征樹
Soprano Saxophone - 津上研太
Tenor Saxophone - 後関好宏
Trombone - 青木タイセイ
Trumpet - 佐々木史朗
Tuba - 関島岳郎

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