Genesis 「Invisible Touch」(1986)

 プログレに縛られないポップス・アルバム。だが聴き返すとしっかりプログレだ。

 商業主義に魂を売った、とポップ・スターを非難するのは矛盾だ。売れてこそ、ポップス。プログレではないと非難するのはもっと理不尽だ。聴き手の価値観を押し付けてるだけだ。

 だがこのときのジェネシスに対してぼくは、両方を感じてしまった。若気の至りだ。そして二十年ぶりに本盤を聴き返したら、しっかり彼らはのびのびと自分たちの音楽をやってることに気が付いた。

 本盤が出たとき、ぼくは高校生。プログレを聴きこむなんてことはできてないが、それでも売れ線ヒットチャートにハマった中学時代から自分の趣味を模索する高校生時代に「リアルタイムで売れ線でない」音楽を探してた。ジャズやザッパ、オールディーズとさまざまな音楽と同時期にプログレに触れ、価値観を色々と広がる楽しさを味わってた。
 その一方でジェネシスは、いやフィル・コリンズは仮想敵だった。"No Jacket Required"(1985)にさんざんハマった一方で、ジェネシスの物悲しさとは違うエンターテイナーさが「売れ線に魂を売った」と感じていた。単なるサービス精神の発露だったにもかかわらず。

 とはいえ別にジェネシスにさほどハマってたわけではない。"That's All"は今でも大好きな一曲なほどハマったが、ピーター・ゲイブリエルはさっぱりピンと来なかった。
 とにかく「高尚なプログレ」って固定観念が先に立って、売れ線なジェネシスって構図が気にくわなかっただけだ。

 もっとも本盤は散々聴きこんだよ。歌詞カード片手にLPに合わせて口ずさみまくった。繰り返すが、嫌いなアルバムではない。むしろ好きだ。
 だがジェネシスってプログレ5大バンドの看板をフィル・コリンズが引きずり降ろして残りの二人を困らせてる、と勝手に思い込んで20代以降は聴き返さなかっただけだ。

 今回、クレジットを読み返してジェネシスの筋の通し方に感じ入った。"No Jacket Required"と同じくヒュー・パジャムをゲストに迎えながら、"No Jacket Required"とは違ってゲスト無し。
 "No Jacket Required"ではそれこそゲイブリエルまで、他にもスティングやEWFのフェニックス・ホーンズなどゲストたっぷり招いて聴き手を楽しませようとする一方で。
 本盤はコリンズとトニー・バンクス、マイク・ラザフォードの三人のみ。ベースはバンクスとラザフォードが互いに弾き分けて、ジェネシスのサウンドをきっちり三人で作った。一発録音ではなくダビングも重ねて音は丁寧に飾られてる。

 楽曲クレジットも三人の共作。筋を通してる。ゲストの手を借りず、しっかりバンドだけで作った。それもこれもバンクスとラザフォードが妙にがつがつしてコリンズの売れっ子具合を嫉妬しなかったせいだろう。誰が何をやろうが、ジェネシスではきちんと仕事をする。そんな個人主義と矜持がしっかり結びついたのが本盤である。
 逆にコリンズもむやみに自分の成功をひけらかさない。ここではきっちりと自分の立ち位置をぶれさせなかった。

 エイジア、イエスはポップ・チャートと立ち位置を探し、クリムゾンは地に潜る。フロイドは自己ブランドの構築で確執を続け、ELPはコージー・パウエルと再結成と迷走。
 5大バンドがそれぞれ苦労するなかで、ジェネシスは唯一の自由と成功をのびのび行っていた。振り返ると、つくづく貴族的に優美なスタイルだ。

 本盤はとにかく売れた。シングル5曲が切られ、PVも高い評価を得た。だが演奏は媚びてない。鍵盤が奇妙な味付けをして、ポップスの構造をはみ出るアレンジと曲構造を持つ。
 しかしポップスの軸をぶれさせない。(4)や(7)とバラードになると、コリンズの売れ線路線が顔を出すけれど。あとはきっちり煙って生真面目な英国趣味を、硬質なデジタル・シンセの音を弾けさせて、優雅かつわがままに表現した。
 
 リアルタイムだからこそ、目が曇ってたなあ。"Tonight, Tonight, Tonight"に筆頭な、妙なおどろおどろしさが当時は苦手だった。もっとポップスに寄せたら、と思ってた。
 だがポップと思い込んでた"Invisible Touch"や"Land Of Confusion"すら、意外と仕掛けを仕込んだサウンドだったのか、と思う。

 いわばキャッチーなメロディを仕込んだ上での、プログレ。前衛、まで行かない。プログレの定義は今回横に置くが、外側だけジェネシスのブランドを使い、中身はポップスみたいな志向じゃない。
 リズム・アレンジやコード感をしっかりシンフォニックに盛り上げるうえで、耳を惹くメロディをしっかり確保する。ドラマティックな展開が一筋縄ではいかない。

 若い時に聴いた曲こそ固定観念に縛られてる。頭が柔らかい頃だからこそ出来なかった冷静かつ蓄積を持った聴き方が、今ならできる。再評価ってこういうことか、と感じたアルバム。
 ぼくはこの歳になって、聴いてる音楽が売れ線かはどうでもよくなった。自分が聴いて面白く思えれば、それでいい。メジャーもマイナーも関係ない。昔なら超メジャーと侮り敬して遠ざけてたはずの本盤が、かなりヘンテコでこだわった一枚だったと改めて思える。

 最後のインストからして、当時は聴き飛ばしてた。ドラムのはじけ具合とポップなメロディは気に入ったが、もっと歌モノが聴きたかった。メドレー式の(6)もサビのスリリングさに惹かれながらも、もっとポップさを求めていた。
 90年代前半はR&Bに興味が移り、90年代後半からジャズや即興に興味を強く持つようになったぼくは、演奏側に軸足を置いて本盤を聴き返すことも無かった。当時にしっかりと聴き返してたら、かなり本盤への印象は変わってた。ジェネシスにハマって、改めて聴き返してたかもしれない。

 ばたばた畳みかけるフィルの16ビート、のんびりくっきりなメロディ・ラインのシンセ、派手に目立たないが着実に刻むギターとベース。
 それぞれ自分の個性をもった三人のミュージシャンが、背伸びも気負いもせず、しかし見事なポップセンスで磨き上げた。そんなよくできた一枚だったんだな、これは。
 別に聴き逃してたことに後悔まではしないけど。こんなに印象が時を経て変わるものか、と驚いた。

Track listing:
1 Invisible Touch 3:26
2 Tonight, Tonight, Tonight 8:49
3 Land Of Confusion 4:45
4 In Too Deep 4:59
5 Anything She Does 4:06
Domino (10:42)
6.1 Part One-In The Glow Of The Night
6.2 Part Two-The Last Domino
7 Throwing It All Away 4:41
8 The Brazilian 4:49

Drums, Vocals, Percussion - Phil Collins
Guitar, Bass - Mike Rutherford
Keyboards, Bass [Synth Bass] - Tony Banks

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