Prince 「Black Album」(1994)

 方向転換をぎりぎりのとこで踏みとどまった貴重な作品。

 もっとも有名なお蔵入りアルバム。ブートレッグでさんざん流通したあと、ワーナーとの契約枚数を消化で唐突なリリースされた。鬼っ子なアルバムながら、逆に今となっては立ち位置がうなずけるファンクなアルバム。

 そもそもは86年後半から87年前半、"Sign O' The Times"(1987)の続編で録音されたと言われる。だが土壇場で発売がキャンセル。発売一週間前だったか。改めて"Lovesexy"(1988)に切り替えられた。
 プレスまでされていたせいか、音源はあっというまにブートレグに伝わった。さまざまな盤が出ていた。

 公式に本盤が出たのは94年。アメリカの発表日を基準にすると、"Come"が94年8月16日。本盤が同年11月21日。わずか3ヶ月後だ。
 ちなみに"Gold Experience"が翌95年9月26日と、約一年弱空いている。

 なお調べたら"1-800 New Funk"は"Come"の数日前、8月12日がリリース日とある。とことんプリンスは、"Come"の発売インパクトを薄めたかったように見えてしまう。
 そのダシに本盤が使われてしまい、残念。ブートで聴き馴染んだ盤なだけに買うか迷ったが、それでもやっぱり買ったっけ。マスタリングの細かな違いまで分からないが、特に公式リリースに当たって新たな要素は付け加えてない、と思う。

 プリンスの真意は未だに分からない。巷間のうわさは「怒りに満ちたネガティブな盤のため発売を中止した」ってのが多いようだ。
 ぼくは"Lovesexy"を売り出すための、壮大なプロモーション戦略の一環では、と妄想したこともある。「より良い盤を作るため、たとえすでに存在したアルバム一枚丸ごと没にするんだぜ」と、創作力と決断力をアピールするために、とか。

 ここのところ本盤を聴き返して、違う妄想も浮かんできた。もしかしたらプリンスはイメージが固定されるのを嫌ったのかもしれない。ファンクの世界に留まらず、白人ポップ層の大きなマーケットを崩さぬために。

 プリンスは違和感を持っていたのではないか。ファンク界の先達である、JBもP-Funkも膨大なアルバムやシングル、関連ユニットをリリースし続けた。なぜ俺は出来ない、と。創作量では勝るとも劣らないのに。

 立場的に言えば簡単な話で、動くカネとマーケットが違いすぎたためだ。JBやP-FUNKはソウルの文脈で主に販売され、客層も黒人層がたぶん中心。インディ・レーベルでゲリラ的に活動できた。
 だがプリンスはハナから天下のメジャー、ワーナーと契約して大ヒットを飛ばしたゆえにビジネスの屋台骨を背負う一人になった。より効果的かつ効率的な利益を出すためにコントロールや制約が多くなってしまう。カネが動くほど自由が効かなくなる。
 ゆえにプリンスものちにインディの世界に身を投じ、あれこれ模索を始めるわけだ。

 そんな中で本盤を出したら、どういう立ち位置になるか。少なくとも白人層の求心力は下がる。極上のファンクを作るミュージシャン、って箱に入れられてしまう。だからこそプリンスは本盤のリリースを躊躇ったのではないか。
 出来上がった音楽と、自分を効果的に表現する音楽は別だ、と。

 本盤と"Lovesexy"を並べて音を聴いたとき。よりポップで一般化はどちらと思う?
 華やかでバラエティに富んだ"Lovesexy"のほうに軍配があがるとぼくは信じる。
 それが本盤を没にした一番の理由じゃないかな。「もっといいアルバムができたから、発売を辞めた」ってのが。

 前作"Sign O' The Times"から見た場合、"Black Album"の立ち位置は直結している。ワンコードもしくはほとんど展開しない和音進行で怒涛のファンクを淡々と繰り広げる。
 漆黒のグルーヴが跳ねまわり、べらぼうにかっこいい。だが、複数のプロジェクト集合体だった"Sign O' The Times"と比べたら、むしろ密室的になっている。

 虚心に本盤を見た場合、とてもシンプルな構成だ。プリンス流のファンクで固め、"When 2 R In Love"で鮮やかな色彩とふくよかさな一輪をそっと添える。完璧なアルバムだ。
 けれども本盤を当時にリリースしてたら「やはりプリンスはJBやP-Funk直系のファンク・ミュージシャンだ」ってレッテルもついたんじゃないかな。

 ホーン隊も加わるし、Catやプリンスの音程を下げたボーカルなど多人数の感触は漂う。けれども本質的に本盤は孤独でクリーンなファンクだ。
 打ち込みビートが刻み、低音が低く小さくミックスされた。跳ねまわる16分音符感覚を生かした細かなリズムが跳ねながらも、ルーズさはどこにもない。

 JBのタイトなアンサンブルを基礎に、P-Funkの猥雑さを混ぜた。スライのドラッギーな危うさもあるだろう。だがどこまでもきれいにコントロールされている。
 プリンスの趣味もあるだろう。あとはまあ、一人多重録音なら滅茶苦茶なタイム感だと縦の線がズレズレで、構築しづらいって都合があったのかも。
 のちに周辺ミュージシャンのインタビューで、プリンスはクリックに頼らず自然に正確なタイム感を持っていた、って読んだ記憶もあるが。
 
 長くなってきたので、細かい楽曲ごとの感想は別の機会にする。一曲ごと、聴きこむほどに面白い工夫が一杯だ。プリンスは本盤でカミールの高音や極低音など色んなペルソナを使った。
 ひとつながりの肉感的なファンクでなく、DJもしくはテクノ的に色んな要素を足しこむ、プラスティックに磨き上げられた世界を作った。それは例えばEW&Fのようにクリーンで正確さを追求ではない。JBの構築美とも違う。

 緻密だが作りこみすぎず、隙間を生かした絶妙のアレンジがそこかしこに聴ける。
 なまじ"Lovesexy"前のボツったアルバムって先入観があったからこそ、本盤をきちんと味わえてなかった。それが今の、本音な感想だ。

 すごいわ、このアルバム。めちゃくちゃカッコいい。

 ボリューム上げて聴いても、アナログ流の溶けが残ってる。今の鋭角なデジタルのリマスターを施したら・・・どうだろう、それはそれで別の魅力が聴こえるか。でも歯切れ良い一方で滲みを持つ本盤の魅力が変わるかもしれない。

 特に薄くミックスされた、ベース・ラインの要素が効果的だ。
 "Sign O' The Times"から顕著だった繊細なミックスが、本盤あたりからどんどん進んできた。単純な引き算から、もっと立体的に音像を構想してる感あり。

Track listing:
1 Le Grind 6:44
2 Cindy C. 6:15
3 Dead On It 4:37
4 When 2 R In Love 3:59
5 Bob George 5:36
6 Superfunkycalifragisexy 5:55
7 2 Nigs United 4 West Compton 7:01
8 Rockhard In A Funky Place 4:31

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