Prince 「Sign O' The Times」(1987)

 試行錯誤と音楽世界の拡大が結実した傑作。

 とはいえ、ずっとこの盤はアルバム単位で諸手を上げて評価できなかった。ぼくにとってのBestは"Lovesexy"(1988)。
 本盤は"It's Gonna Be A Beautiful Night"での「オーイーオ、オーオ」ってコーラスでの、ピッチ低さが気持ち悪くって。他には"Forever In My Life"での和音感も違和感がずっと残ってた。ただしアルバムの各曲は、ほんとうに繰り返し聴いた。"Lovesexy"よりも聴き返してると思う。

 ちなみに"the signs of the times"とはキリスト教の感覚では聖書の言葉も指すらしい。https://en.wikipedia.org/wiki/Matthew_16:2b%E2%80%933
 検索してパッと出てくるのが「マタイによる福音書16:2b-3」もしくは「ルカによる福音書12:54-56」。たぶんアメリカ人にはすぐにピンと聖書を連想するのだろう。なおかつ「Sign O' The Times」と、冒頭の定冠詞"The"を外し、 O' と表記をわずかにズラすことで小骨のような異化効果を出すのかもしれない。この辺はぼくの身体に入っていない文化圏の話で、完全に推測になる。

 この盤は後述するが、様々なプロジェクトの集大成だった。さらにリズム感の細分化もポイントと思う。これまでのグルーヴが8ビートとしたら、16ビート。"Purple Rain"を筆頭に、語り掛けるような歌い方がさらに拡大され、きめ細かくふくよかなノリが本盤で完成した。
 
 さらにレボリューションズ、すなわちバンドを解体して密室的な世界観へも戻った。ここで打ち込みビートの多用も見られる。さらに一小節ファンク、和音を展開させず、メロディアスな雰囲気をたっぷり漂わせる、プリンスのポップセンスも本盤で炸裂した。

 だが発売当時、そんなことは全く分からなかった。ものすごい音楽性の進歩にワタワタしながら、本盤を楽しんでいた。

 本盤の発売は87年3月30日。前作"Parade"発売が86年3月31日だから、だいたい一年後になる。さらにこの間、86年8月~9月は"Parade"のワールド・ツアーを敢行していた。
 にもかかわらず、プリンスは2枚組"Dream Factory",1枚モノ"Camille",3枚組"Crystal Ball"の製作を進めた。それらの収斂形で本盤が玉成する。没曲もいっぱい。曲によっては別テイクもあるだろう。

 本盤収録が16曲。だが関連プロジェクトの合計は41曲ある。以下の画像はExcelで簡単にまとめてみた。見づらいのはご勘弁。ネットの共有スプレッドシートの貼り方分かれば、そっちに転記するのだが。
sheet

 Prince Vaultによると、"Dream Factory"にも3種類の曲順あり。様々な曲が産まれ、24曲が倉庫に封じ込められた。
 ボツった曲のうち、"Shockadelica"のみ"If I Was Your Girlfriend"のB面で当時に発表あり。だがそれを言うなら、"Sign O' The Times"のB面はこれらの曲とも違う、"La, La, La, He, He, Hee"。全部で最低でも42曲がこれらのプロジェクトにかかわった。
 さらにこれ以外にも"Blanche"など完全にボツった曲まである。

 膨大な創作力。若くてパワーに溢れ、なおかつ大ヒットを飛ばして自由に制作できる環境もあり。無かったのはたぶん、奔放にリリースする権力だろう。
 何枚組になるか知らないが、いつか蔵出しも含めた全貌を聴いてみたい。

 ポイントは"Dream Factory"の時点ですでに"Sign O' The Times"が存在してたこと。すなわちキラー・チューンを途中で変更したことになる。
 コンパクトに、個人世界に。それらの象徴として、ヒップホップに対するプリンスの回答とも言える、"Sign O' The Times"をタイトルに持ってきたのか。
 
 ジャケットでプリンスは右下、残像として残るだけ。自らを強烈にアピールした"Parade"とは異なり、隠遁を図るような。膨大な創作力の発揮に集中したいかのような。そんな価値観も妄想した。
 実際には思い切りスタイリッシュに転換し、見事なライブや映画に結実させて完全にプリンス・ブランドを磨き上げる時期となったが。

 今だからいろいろ言える。しかし当時は"Dream Factory"などの情報は掴めていなかった。高校生だったぼくは、「わずか一年の間に、しかも二枚組なんて」と本盤に驚きながら受け止めていた。
 "Dream Factory"などの経緯を知ったのは1990年の「ゴールド・ワックス誌」5号の記事だろう。

 いずれにせよ正直なところ、この盤を全肯定できなかった。冒頭に書いたように、一つはピッチが気持ち悪いところ。もう一つが、"It's Gonna Be A Beautiful Night"が好きになれなかった。
 本項を書くため、"It's Gonna Be A Beautiful Night"をそれこそ20年ぶりに聴き返した。そしたら当然、「案外悪くないかも・・・」と思ったけども。

 要するにプリンスはこの盤で、バンド、カミール、そして多重録音によるファンク、様々な要素を一気に詰め込んだ。敢えて「音楽性を広げよう」などは思わずに、だろう。
 本盤では複数の要素が溢れた。多重録音から、ライブ音源"It's Gonna Be A Beautiful Night"まで。

 延々とギター・ソロが続く"I Could Never Take The Place Of Your Man"は、ライブのテンションをスタジオに封じ込める意図だったかもしれない。逆にプログレ的な密室性との融合を図ったのかもしれない。
 
 前衛性の極致が"Forever In My Life"だ。リズムとベース・ラインの単音、そしてリフレインのハーモニー。冒頭はそれだけで和音感を作ってる。曲はわずかなメロディアスさを持つが、淡々と進むアレンジは凄まじく尖ってる。最後のアコギが冒頭から流れたら、けっこう穏やかなポップスになったかもしれない。だがプリンスは、そんな安易なアレンジを許さない。
 これをA面最後に入れるのが凄い。一枚で4回の見せ場を作れるLPならではの曲順だ。

 そう、本盤はLP時代の強みを最も生かした作品だ。"1999"の時は長尺ファンクをゆったりとLP片面に詰めた印象。ところがこの盤は片面の最初、最後って合計4回の見せ場を十分に生かした。

 アルバムの全長は80分弱。本当にCD一枚ぎりぎり溢れるくらい。フェイドアウトや曲間を微妙に詰めたら、もしかしたら入るのかもしれない。だが本盤は本来、ひとつながりで聴くべきではない。なんども盤をひっくり返して聴く手間をかけてこそ、プリンスが作ろうとした小宇宙と、場面転換の醍醐味を味わえる。

 実験とポップさが自然に同居し、結実したのが本盤だ。
 唯一、このあとに繋がらなかったのがエスニック風味。"The Cross"でシタールめいた響きと、タブラっぽいビートが聴こえる。明らかに中東あたりの異世界感を狙った。だがあまりプリンスはこの方向を掘り下げなかった。

 もっとファンクさを追求にプリンスは向かった。その象徴が"Black Album"。そして"Lovesexy"。80年代のプリンスは、加速を続ける。
 
 いい加減、長くなってきたので本項は今、ここで切り上げるけれど。このアルバムは語りたいところがいっぱいある。やまほど色んな刺激が本盤に詰まってる。

Track listing:
1-1 Sign "O" The Times 5:02
1-2 Play In The Sunshine 5:05
1-3 Housequake 4:38
1-4 The Ballad Of Dorothy Parker 4:04
1-5 It 5:10
1-6 Starfish And Coffee 2:51
1-7 Slow Love 4:18
1-8 Hot Thing 5:39
1-9 Forever In My Life 3:38
2-1 U Got The Look 3:58
2-2 If I Was Your Girlfriend 4:54
2-3 Strange Relationship 4:04
2-4 I Could Never Take The Place Of Your Man 6:31
2-5 The Cross 4:46
2-6 It's Gonna Be A Beautiful Night 8:59
2-7 Adore 6:29

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