Prince 「Come」(1994)

 ワーナーと軋轢で、わかりづらく謎めいたコンセプトのアルバム。
 楽曲はかっこいい。だがアルバム全体のムードは重たい。

 プリンスはそもそも瞬発力の人だと思う。すべてを自分で演奏とコントロールができ、溢れるアイディアを形にすることができた。だが、30年生まれるのが早かった。
 もしネットを使って流通させることが一般的な現在に20代だったならば、おそらく溢れんばかりのアイディアを作品として放出していたろう。

 しかし大ヒットすなわち財力の観点で、すべてを自分でコントロールする環境は整えられなかったかもしれない。プリンスは大手レコード会社と組んで、ビジネスの必要がある時代に活躍した。収入の搾取なりリリースがままならない不自由さがあったにせよ、その制約ゆえにリリース作品は時に研ぎ澄まされ、淘汰された。

 どちらが良かったか。悩ましい。仮に"Purple Rain"のあと、もしくはこの時代でもいい、無造作にすべてをリリースしまくっていたら、「多作の変な人」でカルト・ヒーローに留まったかもしれない。
 十二分に大量のリリースを行っていながらも、今から振り返ると相当にプリンスのリリースは絞り込まれていた。それが不自由な中での凝縮された輝きは持っていたと思う。

 ただ、その分だけコンセプトは曖昧になり解体と変貌を余儀なくされた。

 本盤は発表の時点で、プリンスの満足いかない内容だったわけはない。ワーナーとの関係がビジネス的にそうとう悪化と言われる時代ながら、プリンスが全く意にそわぬ作品をリリースできるほど、プリンスの立場は弱くなかった。
 そもそも韜晦と自己プロデュースに長けており、海千山千の音楽業界だ。発表されたことがすべてと、言い切れるか。プリンスとワーナーが組んで、敢えて不仲を演出とは言えないか。最近、本盤を聴きながらそんなことまで思っている。とはいえ、完全な自由がプリンスにあったとも思えないが。

 もともと"The Dawn"と名付けられた3枚組の構想があったという。"Come"、"Gold Experience","Chaos and Disorder"の三枚が一つになったもの。すなわち楽曲やコンセプトそのものは、既にまとまって存在していた。
 ビジネス・モデルとしてプリンスの思うようなリリース・ペースやパッケージにならなかっただけ。

 このパッケージ形態やリリース・タイミングのみは、完全にプリンスの意向が通らず不満がたまっていたと思われる。だからこそプリンスの思う無邪気なコンセプトで作品はリリースできなかった。
 
 まず現実の話。本盤のリリース前後からプリンスは例の読めないシンボルに自らの名称を変化させていた。"Love Symbol" (1992)から2年後が"Come"の発売になる。

 ペイズリー・パークなどでのギグを別にしてツアー・スケジュールで言うと、92年7月に"Diamonds and peals"ツアーを終了。"Love Symbol"を同年10月に発表のあと、プロモーションとして93年3月-4月にAct I(北米)、7-9月にACT II(欧州)ツアーを行う。
 直後にベスト盤で過去を総括した"The Hits / The B-Sides"をリリースした。

 次のツアーは本盤を発表後、欧州を95/3月に回った"The Ultimate Live experience"。 すでにこの"Come"はリリース済み。頬に"Slave"の書き文字をして、ライブでは過去曲をほとんどやらず、この"Dawn"プロジェクト収録曲を中心にした新曲群ばかりを演奏し続けた。
 
 時間軸としてAct IIまでは準備されていたスケジュール。そのあと、プリンスが仕切り直してようやく段取り整ったのが"The Ultimate Live experience"だろう。

 多くの人が既に指摘してきたことだが、プリンスのシンボル・ネームや本盤から"Gold Experience"に至る過程は、プリンス流の死と再生がテーマである。
 プリンスの稚気は要するに、キリストの復活に似た行為を"The Dawn"プロジェクトでやりたかったのではないか。今までのスキャンダラスでセクシャルなイメージを脱却させ、新たにストイックで清廉かつ子煩悩な存在を演出したかったのでは。

 だが3枚組のボリューム、そしてキリスト教を茶化す危険性を感じたワーナー側の抵抗にあい、やむなく現実のリリースに至ったのではと推測する。
 死と復活のモチーフは、敬虔かつ日常に浸透したキリスト教徒が多いアメリカでは非常に危険なテーマだ。下手に扱うと、反発以上の大きなネガティブさを生みかねない。日本人の宗教観では想像しづらいが。

 これはあくまで僕の妄想だ。だが大きな予算と人員が動くビジネス・モデル的には"Love Symbol"の発表時点でACT I/II、"The Hits / The B-Sides"まですべておぜん立てが整っていたと推測する。
 過去の総括ほど、プリンスにとって退屈なことは無かったろう。

 だからこそプリンスはここで一気にすべてを辞めたかったのではないか。"Come"として発表された本盤で自分を消し、"Chaos and Disorder"で荒々しいイメージを提示とともに封印し、"Gold Experience"で昇華した新たな自分を提示する。
 マイテと出会い、今までの爛れた生活やイメージ戦略から脱却を目指して。

 しかし3枚組のボリュームはいかにも多い。売りづらいし、もっと時間かけてたっぷりじっくり売りたい。そんな損得勘定に、プリンスの取り巻きも含めたプレッシャーに、プリンスはうなづかざるを得なかったのではないか。
 「もっといくらでも、新鮮な音楽が溢れてくる」と確信はプリンスのみ、とっとと次の世界に向かいたいプリンスと、目の前にある名曲ぞろいの黄金財宝に執着した俗物たち。ビジネスの観点で、プリンスのイエスマンはいても味方はいなかったろう。 
 そしてプリンスはワーナーへ見切りをつけることになる。

 ここまではすべて妄想だ。ここまでのポイントは、プリンスが周辺の意見に同意し、本パッケージでアルバムを作った時点で「コンセプトが歪んだ」点にある。

 "Gold Experience"と二段構えで"プリンス"のアイコンを消そうとした時点で、本盤は異様に寂し気な盤となってしまった。音楽の出来不出来のレベルでなく、ムードとして。それが、惜しい。沈鬱さはプリンスに似合わない。もっと明るく謎めいた雰囲気でこそ映えた。それが本盤に対する、過小評価につながっている。

 本盤は過去のプリンスを消すことがテーマになっている。ホーン隊が数曲で入る以外は、ほぼプリンスの多重録音で行われた。曲によって参加はしてるとはいえ、New Power Generationのバンドっぽさはない。それが当初の"The Dawn"プロジェクトにおける、"Gold Experience","Chaos and Disorder"の役割だった。

 そのため本盤は硬く、重い。冒頭からして11分にもわたる長尺で幕を開ける。シングルは切られたが、ヒット狙いのポップさは無い。それはそうだろう。もともと"Come"は前面に出すコンセプトでなく、"Gold Experience"の露払いだったから。

 本盤は一枚ものでリリースの段階で、円環構造と死と再生をさりげなくプリンスは織り込んだ。だからこそ最後に"Orgasm"でセクシャルな喘ぎ声が続き、イッた"Come"につながる。波のSEもそのままに。
 小宇宙として生殖から産まれるイメージを密やかにプリンスは描いた。華々しく生誕のイメージのみが、本盤にはない。それが皮肉っぽい。ぐるぐると小さな世界で繰り返す卑小な視点を、一歩高みから苦笑し見つめてるかのよう。

 収録曲はどれも静かなファンク。前のめりに煽らず、淡々と粘る。展開せず内省的な(1)で幕を開け、穏やかなポップさを漂わす(2)につなげた。
 波音のSEは無常さか、生誕をそっと表現か。"Come"と呟き、リズミックな硬いビートの上で、ファルセットがたなびく。デビュー当初のスタイルを自己模倣するかのように。

 さらに(3)は倍テンポの神経質なシャウトのカウントと、テクノめいた響きの重たいリズム。この対比も、初期のせわしなさを連想する。
 本盤は死と再生が裏にあると思うけれど、わかりやすく前に出てくるのは過去の封印に似た陰りだ。

 (4)は"Parade"以降のデカダンなムードとすっきりしたアレンジを下敷きにした。テンポはハイハットが刻むけれど、決してアグレッシブな雰囲気ではない。
 喉を潰したシャウトと漂うファンクネスの絡みは、単純にかっこいいけれど。

 執拗に波のSE。すべてを洗い流すように。(6)は本盤で屈指の強いファンク。幾らでもキャッチーにできたはずだが、ヒップホップ色を強めて骨格のみに絞り、乾いたムードをプリンスは演出した。
 サンプリングが飛び交うコーラスは、乾いたガイコツ軍みたいなイメージ。

 (7)は本盤で異色のポップさを内包する。多重コーラスとファルセットの絡みが美しい。アルバム"Love Symbol"に直結するきらびやかさを内包する。
 プリンスはホーン隊を足しながらもビートを抑え、溜めた。
 アカペラ・多重コーラスからドラムの刻みに行くあたりのアレンジがいかしてる。

 そして(8)。無伴奏独唱でリバーブが効き倒した異様なアレンジ。そもそもは本曲でアルバムを終わらせるつもりだったろう。
 ポップスとしては凄く異様なアレンジ。途中でハープ音色のシンセが加わったりするが、あくまでもテーマは残響の鬼にくるまったプリンスの歌声だ。ファルセットから地声まで幅広い声域を存分に使って、宗教めいた荘厳さをたっぷり響かせた。

 しかし単独アルバムとして、(8)で終わりは渋すぎる。よってバランス感覚にあふれたプリンスは(9)を付け加えた。しかもシングルとして。
 売れなさそうな暗い曲なのも、彼流の皮肉だろう。アップテンポかつポップなコード感覚に仕上げたら、映えそうなメロディを秘めている。

 最後にアルバムは、喘ぎ声が続く(10)で幕を下ろす。これは曲とは言い難い。エレキギターがノイジーに軋むなか、思い切りセクシャルに締めた。女性はVanityだそう。

 アルバム全体を通すと、やはり諸手を挙げて評価しづらい。細かいアレンジは練られており、手を抜いたわけではない。けれども他にもっといいアルバムをプリンスは連発してきた。
 やはりこれは"The Dawn"プロジェクトとして聴く盤かなあ。

Track listing:
I Come 11:13
II Space 4:28
III Pheromone 5:08
IV Loose! 3:26
V Papa 2:48
VI Race 4:28
VII Dark 6:10
VIII Solo 3:48
IX Letitgo 5:32
X Orgasm 1:39

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