"Phaedra"と新しいサンダル

サンダルが壊れた。数年履き続けたが、躓いた感じで足元見ると、アウトソールとインソールの接着剤がはがれてベコベコ。しかたなく街へ買いに行く。
音楽と違って、洋服と靴の趣味はかなり保守的だ。できればまったく同じものが欲しい。とうぜん、そんなものは無い。何でこんな色んなデザインあるんだ。

めんどくさい、適当に値段見て安めのやつを買った。あとは靴へ足を併せよう。前のサンダルは妙に起毛した感じのインソールが、足裏を柔らかく包んで気にいっていた。
あっという間にヘタって、数か月後にはペラペラになったが。
それでも数年履き続けたのは、いつか起毛しなおさないかな、と思ってたから。当然、なりはしないが。
今回買ったのは・・・どんなだっけな?覚えてない。まあいいや。

さて、今のBGM。レコ屋に寄ったがピンとくる盤が無く、無性に手持ちの盤を聴きたくなった。
Tangerin Dream"Pheadra"(1974)。とはいえあまり、タンジェリンは詳しく無い。YMOデビュー時、「プリ・テクノ世代のバンド」と紹介で80年代に名前を知りつつも、実際に音を聴いたのは数年前だ。

本盤はヴァージンに移籍し初、バンドとしては5thアルバムになる。エドガーほか3人編成で、シーケンサ多用で当時は先駆的な盤だったらしい。今の耳で聴くと、シーケンサすら温かい音色で、ほのぼのしたムードが漂う。

過去の盤を味わうとき、耳の立ち位置に迷う。当時の先駆性を意識か、深く考えず今の価値観で聴くべきか。ただでさえリッピングしたmp3だから、音のエッジや奥行は甘い。
こういう音源聴いてると「音楽観賞の環境って、何だろ」と考えてしまう。

ハイエンド・オーディオ環境を整える金もスペースも無い。整えたところで、安っちいマスタリングのCD聴いてもしかたない。LPでもオリジナル原盤でないと、意味が無い。
そもそも自分の耳が、そこまで鋭いとも思えない。

ちょうど今、"Movements of a Visionary"の冒頭が流れてる。ぴゅぴゅぴゅ飛び交う電子音のリバーブ感が心地よいが、はたしてこれはミュージシャンの意図を聴き取れているのだろうか。

詮無いことに行数を使った。"Phaedra"は即興的に作られたらしい。たしかにシーケンサーのミニマリズムが全編を覆い、メロディはごくわずか。しかし繰り返しの単調さを強調が前提ではない。その点で、クラシカルな電子音楽と異なる。
あくまでも音像の浮遊さを狙ったアレンジで、幾層にも積み上がったシンセのレイヤーが酩酊感を誘う。

楽曲の中心を探してるうちに繰り返される音が消えてゆき、新しい音色に変わる。いつの間にか捉えられた音迷宮の中を、気持ちよく漂っている。

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