Acid Mothers Temple & The Melting Paraiso U.F.O. 「Interstellar Guru And Zero」(2008)

 アシッド・マザーズとしては異色な盤かもしれない。河端のソロ要素が強くて、荘厳さが漂う。しかし本質はしっかりとAMTでもある。

 宗家の本盤はゲスト無し、4人だけのアルバム。とはいえ確かにAMTの盤ではあるが、かなり河端の趣味性が強く出た。バンドのグルーヴを期待したら当て外れ。むしろ河端のソロとして聴くほうがすんなり馴染む。
 もっとも作曲クレジットは河端と津山であり、二人でアイディアを足しながら作ったのかもしれない。

 (1)は声のループと、ポリリズミックな別拍子でアコギのかき鳴らしで幕を開けた。そしてギター・ソロが改めてかぶさり音像が充満していく。ドラムも加わり、ここからがジャムか。
 冒頭の声もギターも素材として繰り返され、生演奏のダイナミズムはいきなりでなく、だんだんに登場した。一杯に滲む音像も数本のギターが暴れまくり、ハイハットのみが綺麗に鳴る。 

 ループとギターの轟音が溶け合い細部が見えず、いつしか飽和したところでおもむろに声のループとアコギが再登場。シンセがようやくヒヨった。そんな浮遊感たっぷりの演奏だ。
 次に現れるエレキギターの咆哮も細部は歪みひずみまくり。左右を勢いよくパンしながら剛腕でスピーカーを埋め尽くした。

 非常にハーシュ・ノイズ的な作品。ロックの醍醐味、歪みと炸裂へ特化した。あくまでバンド演奏の勢いでなくギター中心に突き詰めたのが特徴か。さらにドラムをわずか、シンセはほんのわずか、ベースはものすごくわずか。そんなバランスで仕上げてバンド的な要素を希薄にした。
 それを突き詰めることなく、11分あたりからギターの爆音はそのままにドラムの疾走を筆頭にAMTらしい加速する猛追にシフトする。

 最後はブーズーキのちょっとしたソロと、津山の歌が飛び交ってテープ加工のごとく高まって、幕。とことんぶっ飛んだサウンドだ。ソロでなくAMTで行うところが河端のこだわりか。

 (2)は河端のギター・ソロ。アンビエント気味にリバーブたっぷりで高まったトップギアの部分を切り取った。ディレイ・ループが重なり高音の残響が残りまくった透明感ある響きの箇所。
 これも河端のソロ要素が強く、シンセが加わってもリズムは無い。AMTらしからぬ音像となった。やがてシンセがギターの厚い層の中を舞った。

 エレキギターのシンセめいた残響のみが閃く中、シンセが飛んでいるさまは、素晴らしくスペイシーで心地よい。小さい音で聴くのも良し、轟音の音圧を浴びるも良し。
 10分以上経過した後、テンポよく刻むドラムがフェイドインしてくる。これも途中でシンバルの響きが逆回転なしゅわしゅわ感を出した。今は電気的に生演奏へこういう処理ができるのか、それとも逆回転のサンプルをダビングしたのか、どちらだろう。
 ジェットマシーンな飛翔感が一杯だ。

 ドラムの疾走は現れる。しかしディストーションの効いたエレキギターのソロでなく、あくまでも残響ギターの閃きだけで押した。いわば即興要素は希薄で、ドラムの刻みをギターとシンセの白玉が彩る形。ベースのうねりも音圧は感じる。イヤフォンならば別だが、スピーカーだとベースは音圧のみに近い。

 しかしこれまた、行きっぱなしにはならない。30分過ぎにはエレキギターのソロを軸にAMTの疾走に変わっている。背後には思いっきり存在感ある残響ギターの白玉を、明確に残しながら。
 終盤はフィードバックの唸りがしばし続き、幕。
 
 双方の曲とも極端な方向性を提示しつつ、バンドの要素も忘れない。このバランス感覚が、丁寧な河端らしいプロデュースである。
 一方向の極論に走りながら、期待を振り落とさない河端のサービス精神ぶりがすごい。中途半端にならず、さまざまな要素を見事に混ぜ合わせた。

Track listing:
1 Astral Projection From Holy Shangrila 18:38
2 Interstellar Guru And Zero 39:02

Personnel:
河端一 - electric guitar, acoustic guitar, sitar, voice, RDS900, synthesizer, organ, tape-loop, speed guru
津山篤 - monster bass, tortoiseshell guitar, voice, cosmic joker
東洋之 - synthesizer, dancin'king
志村浩二 - drums, Latino cool

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