Anicca (2008:Cold Spring)

 00年代以降のメルツバウには珍しく、複数の録音音源を一つにまとめたアルバム。色々な想像を掻き立てる、興味深い一枚だ。

 00年代以降、リリースのチャンスが増えたためかメルツバウは一つのアイディアでアルバムを作ることが多くなってきた。収録時間が長いだけで、いわばシングルのように。
 だが本盤はロンドンで収録した(1)のドラムとノイズの並立と、自宅のムネミハウスで収録したシンセを含むノイズの(2)(3)をまとめて収録した。タイトルを通し番号にしたうえで。
 よく聴くと、(3)の背後でドラムの残骸が残ってる気がする。(1)と(2)の要素を(3)でまとめたってコンセプトだろうか。

 タイトルは仏教思想で言う"アニッチャ"、すなわち「無常」を指すそうだ。変わりゆくノイズ世界にぴったりのタイトル。本盤でもメルツバウ流のオーケストレーションが炸裂して、一つ所に留まらず奔放に音像が変化していく。

 ラップトップノイズに留まらず、アナログの自作ノイズ・マシンにコンタクトマイクを付けて変調させた音も加わる。完全デジタルからアナログへ移行期間の一枚。いや、むしろデジタル要素は素材に留まり、アナログの爆裂へすでに軸足は移っていた。

<全曲感想>

1 Anicca Part. 1 18:22

 長尺一本槍でなく、20分弱の中くらいなボリュームを並べたアルバム。そのぶん前置き無しで一気にノイズが爆発する。大まかに左チャンネルがドラムの乱打、右チャンネルが電気ノイズ。中央でアナログ・シンセ風の電子音が暴れる格好だ。
 テンポ感も構成も気にせず、がしがしと猛スピードでドラムが荒れ狂う。ハーシュも負けじと咆哮。一つのノイズに収まらず、音色はぐるぐると変わっていく。

 小節感は希薄だが、アタックのタイミングがそれぞれずれており、ポリリズミックな多層性が楽しめる。折り重なる層の構造を持ちながらも、ここは溶けあわずに明確な分離を示した。

 痛快な疾走と剛腕な乱打が両立する。ドラムはクリアな音で録音されつつも、少し変調してるかも。つかみどころが無いまま、ノイズが力強く成立した。

2 Anicca Part. 2 21:41

 一転して奔出するエレクトロ・ハーシュの沼。幾本もの素材が立ち上り、濃密に空間を埋め尽くす。デジタルだけでなくアナログ・シンセっぽい響きも混ざって。
 (1)と比べて打音がないぶん、きめ細かいタイミングの応酬になった。ループの積み重ねでなく、もっとランダム性の強い電子音が注ぎ込まれる。
 
 時を経るにつれ音圧や構造はじわりと厚みを増す。しかし明確な場面展開というより、もっとヌルリと世界は変化した。音色が次第に変わるさまは、微妙なデジタル操作を思わせる。
 しかし音像の感触はアナログ的なあいまいさも持った。

3 Anicca Part. 3 17:50

 曲調は(2)に似ている。ここへさらに電子音の要素が強まったかのよう。しかし背後でガタつく角ばった残骸は、ドラム・セットの骨格にも思える。
 アナログ的なハーシュの沼で無秩序にたゆたいながら、蠢きは不定形な揺らぎでなく、わずかに構造の片鱗を漂わせた。
 
 全体像のイメージは電子音の噴出だ。アナログ・シンセが暴れ、フィードバックとディストーションの嵐で彩られたアナログ・ノイズの背後をデジタルの硬質で細密な紗幕が垂れ下がる。
 空間に隙間はない。奥底を伺うと・・・そこに、ドラム・セットの輪郭めいた骨格が、かすかに伺わせる。

 実際のところは分からない。ボリュームを上げて耳を澄ませても、目の前に立ち上るノイズにかき消され気味だ。ただし完全に誤解ではないと思う。たとえば11分前後あたりでは、すっとノイズの質感が落ちて、ドラムの乱打がくっきりと現れた。

 ノイズは最後までテンションを下げない。音の構造や成分は常に変わり続ける。力強く、さまざまな表情を見せた。メルツバウの多彩さが鮮やかに描かれた。

Tracks 2-3 Recorded and Mixed at Munemi House in Tokyo, May 2008-June 2008.
秋田昌美:drums, handmade instruments, computer, effects

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