菊地雅章 「ATTACHED」(1989)

 繊細にして悲痛な美学が詰まった素晴らしいピアノ・ソロ。

 60年代後半にデビューし売れっ子として多数のアルバムを残してきたが、本盤が菊地のキャリアで初のピアノ・ソロ。ライブでピアノ・ソロをどの程度やってきたかは分からない。だが改めて孤独にピアノと向かい合う、恐ろしくパーソナルなピアノ・ソロが本盤だ。
 
 ほほ笑むジャケットの写真とは裏腹に、ライナーを読むと当時の菊地はプライベートで色々と悲しいことがあったらしい。さらに本盤は親しくしてたギル・エヴァンスの88年3月に逝去を追悼する意図もあるそう。にこやかな環境とは異なる。
 
 音楽キャリアにおいても、膨大な予算をかけたという"Susuto"がリクープしなかったのか、音盤リリース的には沈黙の時期が81年から続いてる。
 内省的な心象風景をそのまま音楽にしたような、シンセとの対話した全6枚の"六大"シリーズを経て、やけっぱちのアタックが弾ける"All night, all right, off white boogie band"へ。そんな時期の間に吹きこまれた。

 タイミング的には数年間かけたシンセのソロ"AURORA"を89年1月に収録完了し、すぐ翌日の2月から4月にかけ録音が行われた。菊地のプライベート・スタジオCracker-Jap Studioにて。
 ミニマル・テクノな"AURORA"から、生々しいピアノへ。凄まじい落差のある変化だ。

 明るくのびのびとソロを弾いた、ではない。剥き出しの喜怒哀楽を美しい音楽で刻みつけた。天才のつぶやきがピアノを通じて滲みだす。
 起承転結が優先ではない。音作りがあくまで先に立つ。完全なフリーではないが、テーマからアドリブまで混然一体に自由無我なアプローチが広がる。

 本盤はジャズ、だ。しかしダンス・ミュージック的なスイング感やグルーヴは皆無。欧州的な理知性、日本的なノリもない。ただ真摯にずぶずぶと音楽へ向かっていく。
 しかし和音やアドリブの流れとは別次元に、本盤は強烈にジャズである。なぜならわかりやすいグルーヴこそないが、燃え立つうねりはしっかりと根底に響いてるからだ。

 あえてテンポをルバートしまくる。それはテクニックや思い入れではない。確かに耽美的な菊地の趣味が全開ではあるが、共演者との対話を気にせず自らに没入した、素直な音使いで無造作に音楽が描かれた。
 
 ここではタッチが柔らかい。ハードに鍵盤を鳴らすときも、暴力的なクラスターをシンセで叩くのとはわけが違う。ダイナミズムをあまり意識せず、ときどき思い出したように弱音で弾く。強打が中心でもないため、絶妙にばらつくタッチが幅広いアクセントとニュアンスを産んだ。計算づくではない響きが、リバーブを効かせたピアノで鳴る。

 いわゆるECM的な美学ではない、単なる残響としてのリバーブ。それが菊地のピアノを静かに広げる。ペダルの残響に留まらず、部屋鳴りを表すかのように。

 全9曲。(3)(8)(9)がオリジナルで、あとはエリントンやモンクの有名曲を一曲づつ。さらにカーラ・ブレイを2曲。オーネットを1曲にミンガスを1曲と幅広いジャズを選んだ。
 時を超え、方向性を超え。菊地というフィルターを通して音楽が仕上がっていく。寂し気ではあるが、透徹ではない。温かく、力強い。

 そして本盤が契機になったか、AAOWBBで吹っ切ったか。菊地はテザード・ムーンを結成してキース・ジャレット的な繊細さを強調する世界に向かっていく。

 本盤はなぜか廃盤だ。もし中古盤屋で手ごろな値段で見つけたら、ぜひ手に取って欲しい。寂しがりと孤高の双方を行き来する男の心象風景が、抜群の美しさで味わえる。とりあえずYoutubeに一曲、本盤のテイクが上がっていた。


Track listing:
1.SAD SONG (Carla Bley)
2.PEACE(Ornette Coleman/Theme arranged by Gil Evans)
3.AiYB(M.Kikuchi)
4.MOOD INDIGO(Duke Ellington)
5.PANNONICA(Thelonious Monk)
6.INTERMISSION MUSIC(C.Bley)
7.RE-INCARNATION OF A LOVE BIRD
 (Charles Mingus/Theme arranged by G.Evans & M.Kikuchi)
8.YESTER-BLUE(M.Kikuchi)
9.A SHORT PIECE(M.Kikuchi)

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