滲有無 「悲翼紀」(1994)

 昏く重たいアンビエントが肉感的に響く、灰野敬二によるバンドの1st。

 90年に灰野は"滲有無"と名付けたアルバムをリリース。それがバンドとなった。当時の活動は詳しくなく、コンセプトはよく知らない。灰野の本"捧げる"によれば90年以降になんどもこの名義でライブをしてるようだ。
 本名義でのアルバムも、単独では本盤のみ。いつのまにか活動が終わってしまったか。

 本盤で聴けるのは、奥行きが深く怖いほど静かで混迷な響き。ダーク・アンビエントとも解釈できるし、灰野の世界感である緊張とストイックな世界観を崇高に煮詰めたとも感じる。
 ただ、特徴的なのはすべてが生々しいことだ。持続音が中心で、あまり楽曲に展開は無い。10個のトラックが切られ、それぞれは独立している。けれど音空間はほぼ変わらない。
 文字通り滲むように、音が絞り出されていく。だがこれは機械仕掛けではない。持続音は生演奏であり、残響をまとって折り重なり紡がれた。溶けそうな揺れが重厚に続く。
 荘厳でありながら構築性は薄く、ゆらゆらと漂う。

 押しつけがましさはない。しかし引き寄せられる。灰野の高らかな歌声が響く場面も、すぐさま同時に音加工され違う残響が重なっていく。生演奏と一発録音に拘るイメージが強い灰野だが、これはダビングだろうか。

 超高音のファルセットは演奏のドローンにすぐさま混じる。声はエコー感が漂い、弦をこするような音と並列して、バランスはジワジワと変わった。
 サンプリング・ループやディレイ処理とも違うような気がする。いったん録音した上に、別の楽器や声をかぶせた風にも感じた。

 それくらい音には厚みがある。ギターの轟音ではない。ハーディガーディやバイオリンみたいな楽器をただ操ってるだけ、とも違う。色々な楽器がここでは鳴り、灰野の声もドローンの一つになって幾層も重なった。さらにリバーブ処理やディレイが施され、音は複雑に溶けていく。まさに、滲む。

 膨大な残響とテープ・ヒスのような軋み。空気の揺らぎと、生々しくも持続し続ける音程。そして透明感あふれる灰野の声。(2)で高く喉を震わせたかと思えば、(3)では低めにつぶやく。幅広い声域を存分に使った。
 淡々と息を伸ばすだけではない。歌詞を伴う歌も聴ける。

 正直、とっつきは悪い。目の前に分厚い膜が張り巡らされたか、ゲル状の空気をかきわけるかのよう。
 ただし。あえて聴こう、と身構えて本盤に向き合うと、あまりに奥行きが深く純粋な高まりへ、強烈に惹かれる。

 例えばサイケのような酩酊感や病んだ汚濁は無い。響きこそ歪んでいるが、音世界はどこまでも真摯でまっすぐだ。
 そして聴こえる音は一種類ではない。多彩で微細な変化を一枚で次々に楽しめる。しかも、じっくりと。あえて長尺を選ばず、数分単位で曲を変えてくれたのが嬉しい。

 この盤は久しぶりに聴いた。前の印象は単調なドローンが延々続くだけって感じた。だが最近、灰野の価値観や方向性に共感しようと改めて本盤に向き合ったら、シンプルだが複雑な厚みを持ち、なおかつ深く震える奥行きにやられた。凄いアルバムだ。

Track listing:
1 Untitled 2:39
2 Untitled 16:10
3 Untitled 6:52
4 Untitled 5:13
5 Untitled 4:54
6 Untitled 9:30
7 Untitled 5:07
8 Untitled 4:48
9 Untitled 6:52
10 Untitled 3:56

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