灰野敬二/Peter Brotzmann 「進化してゆく恥じらい、或いは加速する原罪 [Evolving Blush Or Driving Original Sin]」(1996)

 漆黒から透徹な白黒へ。鋭利で真剣なインプロが炸裂した。サックスと声の斬り合い。

 灰野敬二とペーター・ブロッツマンのデュオでは初アルバム。PSFから発売の本盤は、インパクトが凄まじい。テナー・サックスとの相対に灰野が選んだのは自らの声のみ。激しくシャウトし、喉を絞る。絶叫と息声。意味ある言葉やメロディではなく、ノイズマシンとして自らの声帯を軋ませた。

 ブロッツマンのサックスも拍子やメロディを特に意識せず、フリーに吹きまくる。リードを豪快に軋ませ、ノービートで二人の音が立ち上った。色気や甘さは削ぎ取られる。
 灰野の描いた線を細かく変化させる、ジャケットの絵が神秘的なほど清々しい空気を描いた。90年代後半だったかな、この路線での灰野敬二の原画展を吉祥寺で見た。古本屋が会場だったかな。CDでも心を惹く迫力だったが、でかい絵で見ると求心力が凄かった。
 抽象の塊だが、線の絡みが妙に具象を思わせる。つかみどころ無いが、凄く繊細だった。

 本盤は96年4月24日に録音。ただし(2)と(10)のみライブ・レコーディングとある。この(2)と(10)の意味がよくわからない。確かに音楽だけでなく、ごそごそと何かが動くさまごと、丸ごと収録だが。ライブ演奏の録音?だが拍手とかは特にない。
 他の曲でもいわゆる楽器演奏のみでなく、息遣いや演奏中のノイズまで丸ごと収録するような、その場の空気全てを飲み込むような雰囲気ではある。

 灰野の声のほうには音にはわずかにリバーブがかかっている。だがブロッツマンのサックスも含めて、音像は凄くドライだ。二人に寛ぎや余裕はない。間を多く取っても、ときたまメロディアスに音が響いても、それこそが偶発的であり余技。
 思惑は準拠枠をフリーに外し続け、安易に互いへ寄りかからない鋭さを追求した。かといっててんでに演奏でもない。わかりやすいコール&レスポンスや反応こそないけれど、二人で確かにセッションが行われている。

 相手を尊重しながら音が混ざっている。この距離感が絶妙だ。明確に立ち位置は伸縮しない。その一方で互いの音をうっすらと聴いている。立場的には一歩引いて見据えるようなブロッツマンと、無防備に音を提示してスペースを広げる灰野と、微妙に視線が異なる。

 独自性というブランドですでに一時代を築いたブロッツメンと、あまりに奔放な音楽性でブランドを構築した灰野。CDリリースの観点ではあまりこの時点で作品が無い灰野だったが、ブロッツマンと11歳違いの灰野だが、キャリアや場数ではさほど遜色ない。
 この音盤を録音からさらに20年たった今、改めて聴いても新鮮だ。フリージャズやインプロという固定観念から、軽々とこの音楽は飛翔した。

 灰野が持つジャンルを超えた世界観で、ブロッツマンはジャズの立ち位置から離れて、吹き鳴らすサックスという存在感のみで灰野に対峙した。
 文化的基盤もジャンルの固定観念も外し、人間存在としてのみ、互いの音楽が相対している。何にも寄り添わず、ただ抽象的な音が存在する。その淡々とした空気感が本盤の魅力だ。
 あえて長尺一本でなく、数分でトラックを切り取ったのも正解。弛緩や探り合いを削り取り、磨かれた音がぽんっと提示された。

 初めて聴くと、なんだか理解できない。だがあれこれ灰野やブロッツマンを聴いて、フリージャズや様々なインプロを聴いて、改めて本盤に戻ったとき。本盤での自由さと、灰野の縛られない斬新なアプローチを痛感する。

 ブロッツマンは率直なところ、本盤で斬新なことをやっていない。あくまで過去の連続としてフリーにサックスを吹いている。
 灰野が凄いのは、ここで轟音ギターに逃げなかったところ。そう、わざとここでは「逃げ」、と書いてみる。エレキギターを吼えさせたらうまい具合に形になるし、わかりやすくも成立したろう。
 だが灰野は安易な道を選ばなかった。声の即興という修羅を敢えて選び、過去にない音像を作り出した。方法論と選択肢に舌を巻く。

 今現在、本盤が熱心に語られてはいない。埋もれがちだ。もちろん好事家には知られてるはず。しかしどれほどいま、本盤が再聴されているだろう。
 ノイジーなブロッツマンのサックスが歪み、耳に厳しい。灰野のシャウトは時に強烈な軋みを与える。けれども本盤に向かい合うと、ブロッツマンを振り回す灰野の存在感にやられる。

 踏み絵、とまでは言わない。しかし幾度も通過儀礼を味わえる盤だ。繰り返しではなく時間をおいて聴くたびに、過去の自分の視野と理解度を試される。
 たぶん十年ぶりくらいに僕は本盤を聴き返した。そして、思う。・・・こんなに、凄かったのか。


Track listing:
1 Untitled 0:50
2 Untitled 10:15
3 Untitled 4:02
4 Untitled 6:16
5 Untitled 5:17
6 Untitled 4:03
7 Untitled 3:16
8 Untitled 5:30
9 Untitled 4:49
10 Untitled 5:46
11 Untitled 6:21

Personnel:
Tenor Saxophone: Peter Brotzmann
Vocals, Design, Painting [Cover] :灰野敬二

Recording date: Apr.24, 1996 (except tracks 2 & 10: live recording) at Studio J.

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