灰野敬二 「So, Black is Myself」(1997)

 長尺一本で、大きなうねりを作った一枚。持続とわずかな変化からドラマティックさを作る。静かで強靭な楽曲だ。

 発信音がしばし続く単調な響きで幕開け。一過性の持続音でなく、本気で延々と電子音の連続が披露された。わずかに音程は揺れ、太さも増していく。変化はごくわずかで少ないけれど、それでも単調な電子音がじっくりと空気を震わせた。
 オールナイト・ライブなどで、灰野は延々と単音を続けることがあった。じっくり時間をかけて、丁寧に音を表現していく。それをCDで披露する大胆な幕開けだ。

 ドローンやノイズが一般化した今ならば、まだ受け入れられやすい。しかし録音は20年前。かなり先駆的なアイディアだったと思う。このころはCDのリリースも今ほどたやすくはなかった。
 しかも自主製作ではない。米Alien8 Recordingsからの発表。このレーベルはメルツバウのリリースなど、日本の前衛音楽には寛容だ。しかし本盤のアプローチを受け入れたのが凄い。
 ノイズの炸裂ではない。淡々とトーン・ジェネレーターでの発信音だ。Sachiko Mのサイン波みたいに単調さがコンセプトでもない。当時も今も灰野の安易なパブリック・イメージは轟音弦楽器・ソロと怪鳥シャウトだったろう。にもかかわらず、このような静謐空間を描いた大胆さと潔さを高く評価したい。

 14分半を過ぎた頃合いから、静かにパーカッションが載ってくる。なお本盤はダビング無しの一発録音だそう。
 厳かに、和風に、わずかに深みを持たせた打音が静々と迫ってくる。このあたりの音像は、すごく日本的だと思う。アジアのエキゾティックさとも違う。打音の静けさと間を含んだニュアンスは、凄く静かだ。

 その打音も激しい炸裂には至らない。するりと消えた。続いて現れたのは、緩みまくった弦楽器。針金が垂れ下がり、震えるかのよう。音程感はもちろんある。けれども旋律や和音でなく、だらりと音がうごめいて揺れた。
 一方で発信音は鳴り続けている。世界の一要素として。忘れ去りそうな立ち位置ながら、密やかな存在感ながら、電子音は鳴り続けている。

 弦楽器は比較的に低音寄り。三味線に通じるかき鳴らしだが、テンポは緩やかでしっとり。そして響きは金属質なまま。ボリュームを上げると、弦楽器の危うく震える音色は自己主張をきっちりしてる。
 だがむしろ、音は小さめに聴いて欲しい。発信音はボリュームの大小にあまり影響なく、しずしずと存在し続ける。その音へ溶けるように、弦楽器がかすかに鳴った。この崩れそうな侘び寂が本盤の最大の魅力と思う。
 なおこの弦楽器、シタールの祖先とも言われるインドのルドラヴィーナらしい。

 37分過ぎにようやく、灰野が低く唸った。楽器の音色へ混ざるように。電子音の張りつめた網と、穴だらけの弦楽器のざわめきに水滴を落とすがごとく、低音で呟いた。
 唸りが弦楽器に共鳴するかのよう。電子音も加わり、倍音がうねる。
 いったん灰野はボリュームを上げて、ぼそり低く声を這わせた。フレーズもテンポも弦楽器に寄り添いながら別の立ち位置で。

 じりじりと低く吼える。凄みをちらつかせながら、どこか優しげに。呪術的な世界に陥らず、淡々と灰野は音をかき鳴らし、喉を太く震わせる。そして冷静な電子音。三位一体の歪みが強烈な異世界の風景を描いた。
 やがて弦楽器が消え、電子音と唸りのデュエットに変化する。

 そして声が消え、再び電子音のうねりのみに。この瞬間の清々しさが、最高に気持ちいい。
 淡々と持続した音、加わるのは打楽器や弦楽器のざわめき、低い声のうねり。それらが混沌を作った。持続の強固な風景をたっぷり広げたあとで、無秩序で"音楽的"な音色がしばらく続き、おもむろに冒頭の音像へ戻る。
 輪廻の流れが、わずか一時間足らずで表現されたかのよう。新たに残った電子音は数本の捩りで、色合いは冒頭よりも鮮やかだ。この崇高なひとときが素晴らしい。

 灰野はすべて計算づくなのか。50分過ぎに、高い音域で声を出す。観念的なコンセプトを、さらに強く表すかのように。
 宗教的ではない。だがこの酩酊感と緩やかな高まりは、非常に祝祭感がある。

 最後に電子音はピッチを上げていく。急速に。振動は加速して飛翔した。
 
 本盤はボリュームを上げても成立する。耳に充満する電子音を軸に、空間を埋めるのもいいだろう。
 一方で小さな音でも、本盤は成立する。電子音の存在に貫かれながら、音が絡み最後に灰野の高い声が世界を癒していく。ぼくは小さい音で本盤を聴くほうが好きだ。それも、深夜に。
 
Track listing:
1.Wisdom that will bless I, who live in the spiral joy born at the utter end of a black prayer. (67:28)

Personnel:
Music By 灰野敬二
Not using any over-dubbing or tapes.

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