Marginal Consort 「Collective Improvisation」(1997)

 抽象的な集団即興を収めた。ノイジーなサウンド・スケープが淡々とたゆたう。金属製のジャングルを歩いてるかのよう。


 真剣にフリーなジャズを演奏する今井和雄のユニット、マージナル・コンソート。CDとして1stが本盤になる。PSFよりリリースされた。ライブ録音で、当日の演奏は4時間にわたったという。それらから抜粋が本盤となる。曲目が演奏時間だろうか。例えば(1)が「16時4分26秒~16時29分7秒」のように。

 メロディや展開は無い。怖い緊張が滲み、抽象な音像が揺れる。楽器演奏とも言い難い。パーカッションとドローンが同時並行で進み、互いの演奏へ積極的に絡まない。個々の連立による集団の表出が狙いのようだ。ネットで演奏前のインタビューや、http://www.japanimprov.com/kimai/kimaij/marginallinerj.html" target="_blank" title="ライナーノーツ">ライナーノーツが読める。

 ここには演奏のカタルシスや芸術目線のパフォーマンスとは一線を画す、音楽への個人的な対峙がある。70年代的な観念と理想と理論による沈鬱な世界だ。ノイズそのものの愛情や、楽想や楽典の挑戦とは別の次元にある。
 自らを埋没させ、新たな地平を目指す信念が根底にある。即興にこだわり、長時間演奏の酩酊性を意識した。
 そこでは観客が客体でありながら、音空間の要素として主体化に変容していく。

 聴いていても緊張を強いられる。アートを言い訳にした苦行ではないけれど、少なくとも開放感とは違うだろう。明確な参加は許されず、長時間拘束の中で音楽に触れ意識が溶けていく。そんな様を味わうのではなかろうか。

 奏者らはメロディや和音に拘らず、音色や響きにこだわった。形而上的な世界を目指している。純化でなく夾雑物を肯定しながら。

 ・・・と、なんか小難しい言葉を操りたくなる、重厚で鈍く光る即興。
 簡単にノイズ好きにも刺さらない。轟音の快感や音色の面白さを追求でもないからだ。
 けれどもこれも、音楽。息苦しくはあるけれど、一つの記録として日常から脈絡なく、周波数の振動という音楽に触れるのも現実逃避になる一つの方法だ。

 ぼくは本盤を熱狂しては聴かない。ただし意味性を廃した涼やかさと、雑踏のざわめきみたいなパワーをこの盤から聴き取ればと、それなりに楽しめる。
 ひとときも同じ空間は無い。似通っていても、音像は常に変化し続ける。

Track listing:
1. 4.04.26 P.M.-4.29.07 P.M.
2. 4.29.19 P.M.-4.41.29 P.M.
3. 4.59.48 P.M.-5.20.27 P.M.
4. 5.42.02 P.M.-5.58.53 P.M.
5. 7.03.34 P.M.-7.14.25 P.M.

Personnel:
今井和雄,小沢靖,越川知尚,椎啓,多田正美,向井千恵。

Recorded live at Asahi Square A in Asakusa, Tokyo, on October 18, 1997

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