Billy Joel 「The Bridge」(1986)

 セレブ気分でノビノビと、ゲスト満載で趣味に走ったアルバム。

 ビリー・ジョエルはぼくにとって、最初の洋楽の窓口なミュージシャンだった。ちょうど洋楽を聴き始めた時に"The Nylon Curtain"(1982)が貸しレコ屋にて面出しで並んでたころ。このころは大人の世界を見上げるあこがれだった。
 あれこれ洋楽を聴き進めてると"An Innocent Man"(1983)がリリース。大ヒットとともに聴き倒し、いっぱしの洋楽聴きになった気がした。
 そして数年後。マニアックなほうへ背伸びしたい時分の時に、卒業アルバムみたいな気分で本盤を聴いた。
 ここでぼくのジョエル体験は終わり。このあとは聴いてない。20年以上たって、往年ライブのブートを聴いて別の魅力に気づいたが。それはまた、別の話。

 実際、ジョエルも本盤は、おまけというか上がりのようなムードで、思い切りゲストを招いて好き放題作ったように見えてならない。
 ライブで再現性は考慮してなさそう。この豪華ゲストたちを招いてツアーに出れるはずもなく。本盤の一年前が"We are the world"。セレブぞろいの空間に身を置いて、あんがいゲストまみれの世界観でアルバム一枚もできるんじゃないか、と思ったのでは。

 本盤では色々な挑戦をしてる。オールディーズ大会でティーン時代を懐古し無邪気に楽しみつつ、結果をしっかり出した"An Innocent Man"。次のヒット作へのプレッシャーもあったろう。豪華ゲストなら話題性もある、と気負ったのかもしれない。

 参加したゲストは大別して二種類。子供の頃のヒーローと、同世代の有名歌手。具体的にはレイ・チャールズにスティーヴ・ウィンウッドと、シンディ・ローパー。
 ミュージシャンもゲストがいっぱい。そうそうたるメンツに負けず、なおかつ個性を出す。全曲をゲストに頼らず、根底は自分のサウンドを軸にして、だ。かなり難しいハードルを立てた。
 成功したかどうかで言えば、ちょっと腰砕け。個々の楽曲は凝ってるが、小粒ぞろい。しかしメンバーは綺羅星で、さながら疑似的なベスト盤みたいな仕上がりになった。前作がベスト盤だけに、よけいそんなふうに感じたのか。現役感が薄れかけてた。

 サウンドで言うと、かなりデジタル・シンセ臭が漂う硬い音。時代の流行りではあったが。アナログの太い音が似合うジョエルには、厳しい選択だった。"The Nylon Curtain"でのデジタル・シンセは挑戦と緊張のスリルを表現できた。しかしここでは飾りあげた落ち着きになってしまってるため。

 くさしてるようだが実はジョエルの楽曲で一番、ぼくが頭の中で鳴ることが多い曲は本盤に収録の"Running On Ice"だ。何かあると、本盤のことを思い起こす。未だに、消化しきれず。聴き返すことは少ないのだけど。

 (1)はイントロの高速な鍵盤フレーズが、とにかく折に触れ脳裏によぎる。ぼくがストレスフルな状況に置かれたとき、緊張をほぐし元気を出したいときに頭の中で鳴ることが多い。実際はともあれ、現状を打破の鼓舞するテーマ曲になっている。
 "Prelude / Angry Young Man"での自己模倣に似た鍵盤の高速フレーズだが、シンセっぽい硬質な響きが、スリル強調の良い効果になった。
 ハイテンポで疾走するイントロから、甲高く跳ねあがるサビの部分まで隙が無い。大サビでの高らかに歌い上げる場面も好きだ。ジョエルの持ち味であるメロウさには少し欠けるが、ぼくは好きな曲。

 (2)はジョエルらしいロマンティックさが滲む。70年代のムードを引き継いだ。地味ながら佳曲。ぼくが本盤で気になるのは(1)や(9)なのだが、この曲はジョエルのオール・タイムなベスト盤に入ってても、違和感なく聴けると思う。
 ズンドコと鳴るリバーブ効いたドラムに時代を感じるけれど。むしろボーカルをもっと強調するミックスのほうが、映えたかもしれない。オブリをエレキギターでカマしたり、シンセ・ドラムの合いの手が邪魔臭い。徹底的にアコースティックかつ鍵盤寄りに仕上げたら、普遍性を持った曲になったろう。シングル・カットもされた。全米18位。

 (3)はジョエルが初めてエレキギターを構えた楽曲と話題付けされたはず。わざわざこの期に及んでギターを持つか、とあきれたっけ。いろんな挑戦の一環だろう。楽曲としては、少しばかり大味。だから本盤をシングルに切るセンスに馴染めず、ジョエルから一歩線を引くきっかけになってしまった。
 今聴くと、大サビの部分はジョエルらしいイタリア風味のきれいなフレーズだな。
 鍵盤に、スタジオ・ミュージシャンで当時に売れっ子だったJeff Bovaが参加した。彼は(7)のオーケストレーションも担当してる。


 (4)は(1)の亜流って印象だった。いくぶんテンポを落としつつも、硬質なデジタル・シンセのクラスターっぽい響きも含めて。サビでレノン風にシャウトするスタイルは、影響元の明示がないとはいえ"An Innocent Man"に直結する路線だ。ジョエルはイタリア人メンタリティをもっと前に出して、カンツォーネ風味で歌う姿に魅力があった。
 この曲のように固い音色に囲まれると、流行りだったとはいえ窮屈さが先に立つ。
 ホーン隊はツアー・メンバーのMark Riveraが多重録音した。

 そして(5)がレイ・チャールズとのデュオ。べたべたに彼のジャジーなR&Bスタイルを下敷きに甘くファンキーなバラードを作った。料理がうまいよな。もごもご発声する歌唱法までジョエルはうっすら真似ている。これまた"An Innocent Man"に通じる路線。
 チャールズはこの時点でギリギリ現役感があり、オールディーズ路線には陥ってない。懐古趣味、の範疇に収まっている。
 溢れんばかりのストリングスが、何と砂糖菓子なことよ。

 バックはドラムがザッパ・バンドあがりのVinnie Colaiuta、他にもスタジオ・ミュージシャンでならしたNeil Stubenhaus(b)、Dean Parks(g)と、リズムを凄腕で固めた。ピアノはチャールズとデュオで、左右チャンネルで掛け合いを聴かせる。
 弦アレンジはベテランPatrick Williamsを起用し、なんというかファン気質と他人任せできれいな仕上がり。ジョエルは楽しかったろうし、出来も悪くないが手すさびに聴こえてしまう。

 (6)もマイケル・ブレッカーを筆頭に豪華なホーン隊をかぶせた、ビッグバンド・ジャズ風味のアレンジを採用した。ベースはロン・カーターを起用してジャズ味を大げさにかけた。
 やたら甲高く線の細いキーでジョエルは歌う。これは(9)に通じる繊細なファンキーさを滲ませた。(1)や(4)にも細い共通性を感じる。
 善良なナイーブを気取るには、売れすぎてしまった。ジョエルは繊細さとしたたかなグルーヴを目指したのかもしれない。これは独自路線になりうる。その後に彼の盤を聴いておらず、実際にジョエルがどう変化したかは知らないのだが。

 (7)は80年代初期のヒリヒリするジョエルの持ち味に繋がる。ただしシンセ・ストリングスをどっぷりふりかけ、やたら大仰にまとめたが。
 この曲はベースのフレーズがメロディアスで気持ちいい。歌と合わせて低音が歌ってる。
 なお弾いてるのは、ツアー・メンバーのDoug Stegmeyer。アタックの強いピアノを見事に補強した。Mark Riveraのむせび泣くサックスも気持ちいい。

 シンディ・ローパーに作詞サポートを受けた(8)はイントロからローパーの存在感が漂って面白い。ドタスカいうドラムやシンセの音色に時代を感じるのはやむを得ない。
 これも硬質だがモロそうなグルーヴ感が悪くない。完全アコースティックのほうが良かったか。いやいやそれも古めかしそう。打ち込みみたいに硬く響く鍵盤の連打が、この曲をスッキリ支えてるのかもしれない。
 さほど目立つ場面は多くないのに、スキャットできっちり自己主張するローパーの強いキャラクターぶりも見事。
 ちなみにこの曲、間奏でのプログレめいた小さな場面も妙に印象深くて楽しい。

 最後の(9)は曲調こそ本盤ならではの乾いたグルーヴだが、方向性は(5)と同様にファン気質で懐古趣味に走った。ウィンウッドのオルガンをたっぷりフィーチュアして、ごきげんな白人英国ソウルに仕立ててる。ここでもギターとベースはスタジオ・ミュージシャンを呼んで、演奏の目先変えを狙った。
 当時のライナーに記載あったが、録音前にトラフィックをカバーするセッションを数時間楽しんだらしい。録音は無いのか。ブート流出はないのか。
 シンプルなリフの繰り返しが、ほんのり寂しげで切なくて好き。あまり聴き返さない曲だが、久しぶりに聴いたら無邪気さと気取りが同居して楽しいな。

 次に自分の色を出す音楽はどんなアプローチが良いのか。迷いながらあれこれ試しつつ、楽曲はそれなりに形になってしまう。それらを片端からまとめた印象だ。濃縮材料を使って薄味。そんなアルバム。
 決してジョエルの代表作にはなりえない。しかしセレブの立ち位置とヒット作づくりのプレッシャー、双方に押しつぶされずに立ち回った気概は感じられる。

 Wikiで盤それぞれの売れ行きを見たら、面白いほどに極端だった。前作は700万枚の大ヒット。本盤に続く"Storm Front"(1989)は400万枚。一番売れた"Stranger"(1977)が1000万枚で、他の盤も500万~700万枚がぞろぞろ。
 しかし本盤は"たった"100万枚しか売れてない。本来ならば大売れのはずなのに。ゲスト招いて売れ線狙ったはずなのに。この盤はそんな、ヒットしなかったのか。

Track listing:
1 Running On Ice 3:14
2 This Is The Time 4:58
3 A Matter Of Trust 4:08
4 Modern Woman 3:48
5 Baby Grand 4:01
6 Big Man On Mulberry Street 5:24
7 Temptation 4:12
8 Code Of Silence 5:13
9 Getting Closer 4:59

Personnel:
Billy Joel - piano, synthesizers, vocals, Fender Rhodes on (9), electric guitar on (3)

Liberty DeVitto - drums, percussion
Doug Stegmeyer - bass guitar
David Brown - guitars, acoustic 12-string and electric guitars on (8), guitar on (9)
Russell Javors - guitars
Mark Rivera - tenor saxophone on (4), alto saxophone on (7)

Peter Hewlett - background vocals on (1)
Rob Mounsey - synthesizers on (1); orchestration on (2), (4) and (6)
Jeff Bova - synthesizers on (3) and (8); orchestration on (7)
Jimmy Bralower - percussion on (4)

Ray Charles - vocals and piano on "(5)"
Vinnie Colaiuta - drums on "(5)"
Dean Parks - guitar on "(5)"
Neil Stubenhaus - bass on "(5)"
Patrick Williams - arrangements on "(5)"

Ron Carter - acoustic bass on (6)
Eddie Daniels - alto saxophone on (6)
Michael Brecker - tenor saxophone on (6)
Ronnie Cuber - baritone saxophone on (6)
Marvin Stamm - trumpet on (6)
Alan Rubin - trumpet on (6)
Dave Bargeron - trombone on (6)

Philippe Saisse - orchestration on (7)
Cyndi Lauper - vocals on (8)
Steve Winwood - Hammond B3 organ on (9)
Neil Jason - bass guitar on (9)
John McCurry - guitar on (9)

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