山下洋輔 「Ways of time」(1994)

 山下トリオ時代の曲をニューヨーク・トリオで再演の企画。

 暴れまくって日本のフリージャズ界を塗り替えたベースレスのバンド、山下トリオ。そのレパートリーをニューヨーク・トリオで取り上げる。懐古趣味ではなく、最新の音楽スタンスにて。そんなコンセプトで本盤は作られた。
 別の項で書いたが、山下洋輔は青春時代、もしくは若かりしアグレッシブな熱気を持つ山下トリオを83年の段階できれいに卒業した。これ以上ない見事な姿勢で。

 そして当時のスタンスを芸として留めつつ、より洗練された大人のジャズに向かい、ニューヨーク・トリオを率いてしっかりと実現した。
 だから本盤も懐古趣味ではない。まして自己模倣でもない。むしろ一歩引いた俯瞰の視点で改めてエッセンスでなく当時のスタイリッシュさを抜き出した。

 本盤はピアノ・トリオでなくゲストにホーン隊を二人招いた。しかも(2)ではベース無しで往年の山下トリオを再現してみせる念の入れようだ。この辺のサービス精神はそつがない。
 そもそも日本での山下トリオは、あの時代背景ならではの産物だった。例えば今、そうだな、スガダイローあたりが弾き倒すスタンスとは全く違う。
 学生運動などの生真面目な既存文化への破壊衝動。ジャズがリアリティを持ちつつ、輸入文化だった隔靴掻痒さと再解釈の勤勉さ。そして若さの発散。さまざまな要素が絡んで、なおかつ先駆者ゆえのスピード感あってこその、山下トリオだった。

 だがたとえ同世代でも、ジャズが日常に沁みこんだアメリカ人には、当時の山下トリオの逼迫感や切迫した緊張は伝わらない。見事に本盤では洗練されたスリルとして往年の楽曲が再解釈されている。
 ここには山下トリオの音圧やけれんみ、汗くささは皆無だ。あくまでもジャズとして演奏している。山下トリオがジャズでありながら、同時進行でアウトローだったのとは大きく違う。
 そして山下自身も本盤で、寛いだ優美さを持って演奏している。

 ライナーにもあるが、昔ならば一曲の時間が30分とかかけてじっくり格闘したろう。けれども本盤はごく短い。数分から10分弱。2分強の"キアズマ"なんて。ぼくはもちろん山下トリオのリアルタイムは知らないけれど、それでも全く違うものだってことくらいは感じる。

 けれども本盤がつまらない、とは言わない。熱さや痛快感を求めたら物足りない。だけどそれはそもそも、本盤で狙っていない。あくまで往年の曲をアメリカのジャズメンが解釈したらこうなるんだ、ってのがコンセプト。
 本盤に参加したメンバーは誰一人、既存のジャズや価値観を破壊しようと思ってないんだから。

 後述の曲目リストには【】で初吹き込みと思われる盤を書いてみた。ジャズの場合、ステージですでに演奏を繰り返してたろうから、あまり初吹き込みに意味はないのだが。
 本盤では(5)のみ初録音とある。だが(4)も初録音を特定できなかった。

 (3)(4)(7)がホーン隊のいないニューヨーク・トリオでの演奏。あとは一人もしくは二人、ホーン隊が入る。本来はベースレス、ワンホーンで聴きたいとこなのに。このメンツならば逆にニューヨーク・トリオのみでの演奏のほうが良かったとも思う。
 ホーンはいらないって意味じゃなく、山下トリオの編成を模してもしかたないだろ、の意味で。ホーンは坂田明みたいに暴れるわけじゃ無いからね。

 ともあれ本盤は、離陸して水平飛行に移った山下洋輔のスケール大きなピアノが楽しめる。何かあったら墜落するリスクは持ちつつも、とりあえずは安定した飛行をする山下が聴ける。
 指は廻るしパーカッシブに鍵盤を鋭く叩くさまは健在だ。しかし山下トリオの熱気を芸として披露せず、寛いで真剣に音楽へ向かっている。
 
 スリルには二種類ある。本当に危なっかしいものと、緊張で手に汗を握るもの。本盤は後者だ。ミックスが平板のため、本質はググッとボリューム上げないと分からない。
 でかい音だと、一音一音が鋭くはじけ、ソロ回しのお約束でない瞬時のインタープレイがそこかしこで繰り広げられつつあると実感する。

 ちなみに"ミナのセカンド・テーマ"は山下トリオ時代と全く違う。もっと雄大なバラードに仕立てられた。こんな曲だっけ?えらく大胆なアレンジ。

 ニューヨーク・トリオは安定感あるが、ノロマではない。ひりひりする真剣さは滲みだす。ゲストの二人も派手なブロウやトリッキーな技こそ使わないが、お行儀よく役をこなして終わりにするほど枯れてない。

 エッセンスであり、円熟した山下トリオのレパートリーを楽しめる、面白い一枚。これを山下本人が演奏するところに、意味がある。山下の生きざまを見せつけるって意味で。
 でも山下の盤を聴くならまずこれじゃなくて、山下トリオのほうがインパクトあるよ。そんな蛇足の言葉がどうしてもついて回るところが、つらいところ。

Track listing:
1.ピカソ【イン・ヨーロッパ 1983:1983】
2.キアズマ【フローズン・デイズ:1974】
3.バンスリカーナ【モントルー・アフター・グロウ:1976】
4.アナザー・ドーン【?】
5.アクプントゥーラ【初録音】
6.ミナのセカンド・テーマ【ジャズ・イン・トーキョー'69:1969】
7.ミュージック・ランド【寿限無~山下洋輔の世界Vol.2:1981】
8.コミュニケーション【木喰:1970】

Personnel:
山下洋輔(p)
Cecil McBee(b:on 1, 3 to 8)
Pheeroan Aklaff(ds)

Joe Lovano(ts:on 1, 5,6)
Tim Berne(as, bs:on 2,5,8)
Recorded on May 31and June 1, 1994 at Clinton Recording Studios,NY

関連記事

コメント

非公開コメント