灰野敬二「息をしているまま

 エレキギターの弾き語りによる自作曲のアルバム。

 再録音曲がほとんどだが、セルフカバー集、には表現が当たらない。同じことは二度としない灰野だから。CDによる断片的かつ後追いだと、知識の足りなさがもどかしい。だがおそらく、ライブで演奏し続けてきた初期からの「歌モノ」を集めたアルバム。
 97年に徳間ジャパンからメジャー・デビューした灰野が、4枚一挙リリースしたうちの一枚。
 まさに自己紹介の一環として、代表作品をまとめたソング・ブックのつもりだったのかも。

 全7曲中、(3)(4)(5)(6)の4曲が不失者の89年デビュー作で音盤化された。(7)は91年のPSFからオムニバス盤"Tokyo Flashback"に収録の再録音。 
 残る(1)と(2)も、もしかしたらどれかの盤ですでに録音済みかもしれない。この辺は、運命への挑戦ディスコグラフィーだけ眺めてもわからず。聴くしかない。もしくは、ライブへ行っておかなければ分からない。
 「オーバーダビングもテープも使っていない」と英語で記されている。

 充満するエレキギターと残響だけを操り、灰野は歌う。ささやき声から絶叫まで使いこなして。ギターのタイム感と歌をずらす技も使うが、本質的に本盤は「歌モノ」だ。
 比率的には轟音のほうが多い。けれども通底する基本は、フォークに近い。即興的なタイミングと崩し続けるフレージングを持ちながら、切々と間を存分に操って灰野は歌う。

 どの曲もコンパクトにまとまった印象あり。一番長いので(5)の18分強。しかしこの曲も不失者の盤では30分近かった。
 一曲を凝縮し、まさにソング・ブックを試みたかのよう。売れ線というか、親しみやすさを増すかのように。
 実際、(5)や(7)と静かめなアレンジで歌をきっちり聴かせる曲の、胸をかきむしる切なさとざらついた尖りの混在は素晴らしく、美しいったらない。

 轟音の場面も力任せではない。溢れる想いの象徴だ。灰野は感情を歌にこめ、言葉を叩きつける。ギター・ピックにこめ、弦をしっかりとはじく。
 歌の旋律はフラットにたなびき、淡々とお経のようにつなぐ場面もあり。微分音のようにわずかな音程の上下を操りながら。

 かきむしるギターも歪んだ音色なだけ。エフェクターを取り払ったら、素朴でシンプルな響きが産まれる。それを灰野はざらついた歪みで飾った。雑味と複雑な要素を音色へ込めるかのように。
 ライブだと灰野はアコギで歌ものを披露することもあった。だがここではあえてエレキギターと残響の強い空間で、ある種の孤独を強調するスタイルを選択した。灰野の特異性を、より鮮やかに目立たせるかのごとく。

 完全にメロディアスな曲と、前衛的なうねりが続く曲が混在する。静かなフォーク風の曲と、前衛的に軋む旋律の曲が混ざる。そのため取っつきは悪いし、逆に一つのイメージに絞れない、おさまりの悪さがある。
 それこそが、灰野。ひとつところにおらず、ひとつにくくれない。多様な彼のアプローチが、コンパクトに封じ込められた。

 轟音ワイルドな爽快感を求めたら、本盤は物足りないだろう。あるていど灰野の音楽に慣れたあと、本盤を聴くと「振り幅多さを封じ込めたからこそ、本盤は灰野の入門盤にふさわしい。」と思う。「あの曲もこの曲も入ってるし」とも。

 しかし冷静に考えると、これを初めて聴いた人が灰野に熱中するとは考えづらい。あまりにも両極端な要素が平然と一枚に入ってるがゆえに。
 したがってかなり灰野の音楽に馴染んだあと、「歌ものをコンパクトに聴けるわかりやすい盤」と位置付けたほうがストンと耳に収まる。
 「すれっからし向けの入門盤」。ここにも意味の転倒と両極端な要素の混在がある。

Track listing:
1 どこに居る 10:47
2 僕の影 10:45
3 あっち 3:41
4 ふわふわ 13:32
5 ここ 18:32
6 暗号 10:50
7 おまえ 4:58

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