山下洋輔 「クレッシェンド」(1988)

 まるでスタンダード集のような落ち着きとスイング感が溢れる。逆に本盤で、山下はぐいっと力強く、自らの音楽の翼を大きく広げた。

 わかりやすく、気持ちよいフリージャズ。しかも伝統と地続きを示した。
 本盤は全6曲。(1)(4)(5)が山下のオリジナルだが、芸風は以前の山下トリオからがらり変えてきた。NYスイート・ベイジルにて88年7/11,7/18のライブを録音した。
 サイドメンはフェローン・アクラフとセシル・マクビー。このあと断続的に25年以上続く、NYトリオのデビュー盤となる。

 本盤で、山下洋輔は明確に変化を形にした。83年に山下トリオを解散、5年の時を経て。
 野田秀樹のライナーノートが象徴的だ。過去を振り去り、新たなステップを踏み出した一枚。山下洋輔の音楽はかくあるべき、の固定観念を潰すべく、メンバーを一新して洗練されたフリージャズに向かった。

 野田のライナーの骨子は、特権意識の醜悪さ。ミュージシャンの過去を知るほどに、サウンドを愛するほどに、聴き手の耳が曇り評価は独善に傾くと強烈に皮肉った。オチはライナーなゆえかボヤかしている。逆に野田自身、本盤に納得してないっぽい。「元に=過去に」戻ってください、と言わんかなだ。

 それくらい、本盤での山下洋輔は変わった。暴力的なスピードと諧謔と荒々しさを持つ過去の山下トリオから、瞬発力を持つ洗練と本場NYの黒人ジャズメンと組んで、ジャズの歴史と相対したのが本盤である。
 前作"スイングしなけりゃ意味がない"(1980)で山下は滑らかなメロディとフリージャズを丁寧に結び付けて見せた。狂騒は若い時分のパワーあってこそ、と気づいたのかもしれない。

 自己模倣と縮小再生産を避けるべく、山下はすべての環境とアプローチを変えた。 
 変わらないのはピアノ演奏によるジャズ、だけ。あえてライブ盤を選んだのも、スタジオの独断に籠らず、観客あってこその音楽と内外に示すためではないか。がしがしに削らず敢えて観客の食器音なども残したあたりも、過去のジャズ音盤から連続性とアメリカ流の寛いだ聴き方を示す演出に思える。

 本盤でクラスターめいた響きや、素早く疾走するフリーなフレーズは健在だ。だがそれらはジャズの解体でなく、咀嚼した再表現となった。スイング感が全編を覆う。

 先に言っとかないと後出しジャンケンかな。ぼくは正直、頭が固い。本盤以降の山下は「ジャンル構築後」の美学であり、先駆者から潔く降りたと思っている。どっちが好きかと言えば、本盤より前。
 だが、本盤以降が悪いとは言わない。菊地成孔を筆頭に、才能を掘り起こす目利きや、ジャンル横断の大胆さは本盤以降が顕著だ。それも本盤にて、ジャズ破壊の矢面に立つ緊迫感が解けたから、だと考えている。

 音楽の気持ちよさで言うと、本盤以降のほうが整っている。だがスリルは無い。ひりひりする緊迫感もない。
 ジャズを吸収し、解体のあとで滑らかに美しく表現した余裕が本盤以降は漂う。山下洋輔を聴いたことない人に勧めるならば、むしろ本盤以降の現在の山下のほうがふさわしい。だって、気持ちいいんだもの。

 "枯葉"を連想するオリジナルの(1)、べたべたなスタンダード(2)、ブルージーな(3)。実際のライブ曲順とは違うと思うが、本盤の流れで山下は丁寧にジャズと過去の自分を溶け込ませてる。
 オリジナルに変わる(4)でもスピードはぐっと抑え、ロマンティックかつ武骨にスイングした。
 (5)も、にくい。高速で疾走したら、断続的なフレージングは過去の山下トリオに通じる。しかしテンポをぐっと落とし、丁寧に弾くことで懐古趣味な観客への、最新方向性との橋渡しになった。だからタイトルは「最初の橋」なの?
 そして最後は名バラード(6)。最初はフリー気味に寄り、滑らかにグルーヴィな世界へ移動する。
 ホーンは無し、ピアノ・トリオで甘さに流れずメロディをくっきり響かせるピアノで見事に山下は自らの世界を構築した。

 繰り返す。山下は本盤で明確に変わった。大人になった。だが、成熟は続く。その萌芽が、最初の果実がこれだ。


 ちなみに同年、渋谷クアトロでNYトリオでのライブ映像があった。ゲストに梅津和時と吉田哲司を招き、中央線ジャズとの連結も示すあたり、ほんと隙が無い。

 遡り85年。本盤録音のスイート・ベイジルでソロピアノのライブ映像もあった。併せて聴くと、より本盤に至る流れを実感できるかな。

Track listing:
1 Autumn Changes 9:31
2 Take The "A" Train 10:45
3 Soul Eyes 7:58
4 C.P. Blues 8:37
5 First Bridge 8:16
6 My One And Only Love 6:59

Personnel:
Piano - 山下洋輔
Bass - Cecil McBee
Drums - Pheeroan Aklaff

 

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