細野晴臣 「Naga」(1995)

 細やかな知性と素朴なオリエンタリズムの混交が、そっと滑り込んでくる。

 意外と埋もれてる、ソロ・アルバム。細野の歴史だと"オムニ・サイト・シーイング"(1993)から一気に"FLYING SAUCER 1947"(2007)へ飛んでるイメージあり。その間もユニットやソロ名義の作品は膨大にあるのだが。
 細野は象牙の塔にこもり、着々と音楽を作るタイプではない。マスメディアと親しく付き合い、いわゆる「お仕事」をいっぱいしてる。それらにも心を込めた作品作りをしており、逆に全貌をスッキリつかみづらい。

 本盤も自己主張の強いアルバムではない。もともとはテレビ番組のBGMだから。音はあくまで動画を補強する要素の一つ、と静かな存在感を持つ。かといって手すさびにあっさり作ったわけではない。単独作品としても、十二分に成立してる。

 メロディや構成をことさら強調して耳へ残るパターンや、ビートなりを前面にぐいぐいとひきつける音楽とは違う。
 その一方で根強く存在するポップさと、異文化の映像を引き立てる奇妙な時空間は兼ね備え、漂う。

 従って本盤を聴くと、ゆるやかな寛ぎと静かなコンセプトの漂い、そしてじわっとしたたかな音楽の力。それぞれが絶妙のバランスで仕上がった、心地よくも奇妙で斬新なアンビエント・テクノと味わえた。

 ミニマルな要素が強いが、曲によってはビートを強めたりアコースティック楽器っぽい音も足して、エキゾティックな空気を作る。耳を激しく刺激はしない。しかし安直なBGMとは全く違う。
 きらびやかでちょっとざらついたシンセサイザーの音色が、ふんだんにこぼれた。

 ノン・スタンダードやモナド時代に多用した耳に強く響くデジタルなシンセの音色から、すこしばかり水気を増して柔らかく鳴る。けれどもどこか人工的で薄っぺらい。そんな音色が、逆にしたたかな生命力と異文化の鮮やかさの表現に似合う。
 
 さりげないが味わい深い音楽を作る、細野の才能が見事に昇華した一枚。地味だけれど、聴いてるうちにハマる。この曲構造はどうなっているのか。どんな音色やリズムを使うのか。
 最初はつるっと聴き流す。だが集中力をちょっと上げたとたん、本盤が普通のリズムからずれて、複雑なタイミングやビートを組み合わせてるとわかる。
 4拍子だが、拍頭や裏、そしてその間。様々なタイミングにパーカッションだけでなく、メロディの区切りを配置して、雄大で細やかな空間を描いた。

 すなわち明確に口ずさむメロディを単純に並べない。音要素を組み立てて、断片が一つの流れを作る。あっさりしてるようで、凄く奥行きが深い。

 副題は「Music For Monsoon」。すべて細野の作演奏に録音だが、(5)のみコシミハルの作曲。 (10)のモチーフはモナド時代の"パラダイス・ビュー"(1985)、"MEDICINE COMPILATION from the Quiet Lodge"(1993)にそれぞれ収録の「マブイ・ダンス」のモチーフをさらに拡大したもの。
 また(4)~(9)にはコシミハルと鈴木惣一朗が参加し、(11)のフルートは雲龍が吹いた。あとは生楽器に聴こえるものも、シンセのようだ。

 最初に発表された経緯を並べてみよう。
 (1)~(3)が「美の回廊をゆく:インド~タジ・マハール編」(1992)。
 (4)~(9)は「  〃      :ネパール、ブータン編」(1992) 。
(10)は「アンコールワット」(1993)、(11)が「山河憧憬:澄編」(1994)と、いずれもテレビ番組のBGMに作ったとWikiにある。つまり本盤はコンピレーションであり、最初からアルバム化を目的に製作ではない。だから、このアルバムはどうしても印象が薄くなる。

 しかし短めの曲をざらりと並べ、最後に15分の音絵巻で水墨画みたいな涼しい幻想性を描くアルバムの構成も良い。全体的に抽象的で静かな電子音楽だが、聴きやすさと前衛性が抜群のバランスで成立する、良い作品だ。こういうところに細野の天才性がにじみでる。

Track listing:
1 Hindustan 4:07
2 Naga 4:02
3 Taj-mahal 5:41
4 Himalaya 4:15
5 Sherpa 2:57
6 Jado 1:24
7 Seasons 3:18
8 Dancing-High 2:24
9 Chaitya 1:15
10 Angkor Vat ~ Addaptation Of "Mabui Dance" 4:52
11 Serpent Cloud 15:02 

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