プリンスの、ケース。

 今回改めてクレジット関係を確認して、ぶっ飛んだ。
 原曲を見事に切り取って新たな意味と魅力を付け加えたカバーが、"A case of U"。

 オリジナルはジョニ・ミッチェルで71年"Blue"に収録。プリンスが13歳くらいの頃。まさに思春期リアルタイムで聴き、印象に残ったんだろう。
 アレンジはアコギが数本重なるシンプルなもの。ところどころでハイトーンを滑らかにジョニは披露する。この高らかで華やかなファルセットでスキャット風にフェイクする歌う影響を、まさにプリンスは受けたのか。改めて実感した。

 この歌は歌詞が、いまいちよくわからない。主に僕の英語力のせいだが。
 "A case of you" lyricsで検索したらいくらでも出てくるので、ここでは引用を割愛するが。「おれは君の北極星さ」ってナルシスティックな男に対して「あっそう、あたしゃバーにいるよ」ってドライで現実的な女性との恋模様を歌った。
 女性は単にダメ男へ貢ぐ受動的なタイプでなく、絵を描く芸術性持った人格で描かれてる。

 よくわからないのは、「あなたは私の血となり流れてる。ケース一箱くらい飲み干しても、まだ立っていられるわ」ってのが、別れてすでに吹っ切ってるのか、ダメだけど惹かれ続けてるのか。どっちだろう。
 ともあれこの曲は、途中でカナダがどうしたとか、ちょっと具体的なイメージを歌ってる。

 プリンスはこの曲をどう解釈したか。前半の歌詞をばっさり削り、絵描きのくだりとサビの象徴的なフレーズのみを大胆に抜き出した。アマチュアが手すさびに演奏ではない。ステージにかけている。著作権の関係では、ジョニ側の許諾がいる。
 膨大な作曲を行えるプリンスなのに、敢えて自作でなくカバーに拘るあたり、よほどこの曲に惚れこんでたんだろう。

 ブートで最も古いライブ演奏の記録は、"Purple Rain"などのベーシックをライブ録音した日、83/8/3のミネアポリス公演らしい。
 ここではエレキギターとシンセの演奏。既にこの時点でアレンジは完成してる。歌詞の一部だけ取り出すスタイルは変わらない。

 だが、プリンスの凄いところはアルバム収録の段階で、さらに意味を付け加えたところ。
 スタジオ音源の初回は02年1月、NPG Music Clubから配信を試してたころ。"NPG Music Club Edition # 12"が初めてだった。
 さらに同年"One Nite Alone..."(2002)に所収された。ピアノ・ソロを主眼に置いたアルバム。
 これらは10秒ほど時間が違うが、アルバム版は最後にシンセのアウトロが付け加えられたため。

 クレジットには"A Case Of U is dedicated 2 the memory of John L.Special thanx 2 Joni Mitchell"とあるらしい。

 John L.とはプリンスの父親。01年に亡くなった。つまり追悼として本曲を当てはめた。「あなたのことは血となり流れてる。あなたのケースを飲み干して、ぼくは立っている」と。
 父親への愛憎を、吸収して決別する。ワインのケースと、出来事って意味のケース。それらをダブル・ミーニングにこめた。なんとも見事に、世代交代を象徴する歌に仕上げてる。
 単なる楽曲への思い入れでカバーじゃない。親子関係の繊細な感情と父から子への成長という、ジョニの歌にはないニュアンスを、敢えてカバーで込めた。この美学が素晴らしい。
 そりゃあジョニへスペシャル・サンクスするだろう。原著作者と解釈が全く違う。ジョニもOKしないと、このバージョンは公式にリリースできないのでは。

 特にスタジオ音源の歌い方は歌詞も微妙に違って聴こえてならない。
 サビの歌詞はもともと、"I could drink a case of you"。プリンスのバージョンでは、このフレーズが2回歌われる。そのうち最初は動詞の後半がミックスで潰れており、"I could dream"って聴こえてしまう。
 
 ソラミミと言わば言え。プリンスが最初は「あなたを夢見る(=想う)」、次に「あなたを飲み干す(=克服した)」ってふうに、抑圧から開放、もしくは成長と離別まで一気にこの歌で歌い上げた風に思えたんだ。誤解かも知らんけど、プリンスは凄いなあと思ったしだい。

 なお前述のようにこの曲は83年を筆頭に、1985, 1986, 1990, 1995, 1997, 2001, 2002, 2004, 2006, 2008, 2011, 2013, 2014, 2016と何年も歌い続けられてる。よほどプリンスは好きなんだろう。しかも自分が再解釈したバージョンの出来の良さが。
 さらにプリンスの父親が亡くなったのは2001年。つまり最初は違うニュアンスを込めてプリンスが歌ってた可能性もある。

 だがクレジットへ「父親へ捧げる」と一言入れただけで、過去20年歌ってたニュアンスから、がらり違うイメージを曲に付与した。この魔術みたいな仕業が天才の御業だ。あらためて、プリンスの見事な視点に敬服した。

 ブートはほとんど聴けてない。だからプリンスが他の年にどんな演奏をしてたか知らないが、たまたまいくつか聴けた音源から、まとめて感想を書いておく。ほとんどが02年、すなわち"One Nite Alone..."が発売のライブ音源だ。

 02年のアレンジは前半がピアノの弾き語り、途中でファンクに盛り上がるパターンが採用された。だがライブごとで微妙に違う。

 まず02/2/11 のロッテルダムにてサウンド・チェックの音源。あくまでリハのため、リズム・ボックスにシンセっぽい音が加わる簡素なアレンジ。
 だが鍵盤でなくギターの弾き語り風なのが他の音源に比べて新鮮だ。これはギターがプリンスなの?他のライブ音源では、プリンスが鍵盤を弾いてるっぽいが。

 02/4/9のNew York音源はライブ本編で、がっつりバンド・アレンジ。比較的タイトな演奏だ。鍵盤を主にフルートやエレキギターが聴こえる。

 02/6/26の演奏は、鍵盤からファンクに変わる基本アレンジは変わらず。寛ぎながらも、キッチリ締めた。ピアノでプリンスが弾き語り、ドラムが静かに演奏を盛り立てた。
 これはXenophobia Celebrationとも呼ばれる6/21-28に一週間連続で自宅のペイズリー・パークで行われたパーティ企画だ。
 当時に日本から参加できた人のレポートもネットにあった。とても貴重な記録だ。
http://www.partymind.org/report02.html
 一週間の間に本曲は6/21と6/24、6/26の3回披露されたらしい。ぼくが耳にしたことあるのは、6/26音源のようだ。いまいちブートは正確な情報がわからない。

 さてOne Nite Alone...ツアー、欧州公演は続く。
 02/10/19のベルリンでも、鍵盤が主な弾き語り風。ドラムがしっかり絡む。
 中盤からワウを効かせたエレキギターが入り、バンド・スタイルのファンクなアレンジが決まってる。軽いギター・ソロのあとピアノのソロに。ピアノがプリンス、かな。
 
 同日のサウンドチェック音源も流出あり、同じくこの曲を演奏した。ファンサービスで観客を入れ、拍手も聴こえる。
 ライブ本編では4分半だったのに、サウンドチェックのほうは12分以上もインストで演奏。演奏が長いのは、ジャムが続くため。サックスからピアノ、エレキギターにソロが移り、少し隙の多いセッションが淡々と続く。プリンスやバンド・メンバーの身体慣らしや雰囲気作りも兼ねてるかのよう。

 まずはピアノが中心でひとしきり。途中からファンクさを増すアレンジの基本構成は同じ。ただしカウンターを入れる楽器はギターでなく、テナーサックスだが。
 鍵盤がプリンスだろう。インストのままピアノ・ソロに向かい、途中でヘンな和音感にアウトした。ロマンティックでジャジーなピアノのアドリブを聴かせる。軽く裏からシンセが加わり、音に厚みを出した。
 
 演奏の雰囲気は寛いでる。とはいえ指が鍵盤を素早く駆け抜けるピアノ・ソロなど聴きどころもあり。決してダレてない。
 
 時間が一気に飛んで14/6/4 のロンドン公演。Hit And Run Part IIツアーから。この日は二回公演だったが、1st公演の終盤にピアノ・ソロで数曲弾いたうち、これも織り込まれた。ファルセットを効かせてプリンスは滑らかに歌い上げた。
 簡素、しかししみじみと歌って流麗にピアノを奏でる。

 喉を高く強く絞る歌い方は、ジョニの奔放な節回しを取り入れプリンス流の芸に昇華されている。プリンスはこのとき、何を思いながらこの曲を歌っていたのだろう。
 

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