Bria Valente 「Elixer」(2009)

 えらく魅力無い歌い方でプリンスの楽曲を処理したアルバム。

 アメリカのスーパー、Targetチェーンで販売した3枚組"Lotusflow3r"の一枚。当時は3枚組のコンセプト・アルバムと思ってた。実際はブリア・ヴァレンテ名義のソロを作るも、売れそうにないから抱き合わせ販売かと思い始めた。
 それくらい、彼女の歌は魅力に欠ける。仮歌や著作権登録用のデモ曲シンガーとしてなら、素直でいいと思うが。

 そもそもプリンスがTargetで"Lotusflow3r"を販売は、販路の模索/実験の一つ。だが商品単価があまりに安いのは、手間のわりに利幅が薄い。かといって高いものも売りづらい。だいたいにして発表音源は山のようにある。ならばバンド寄りの"Lotusflow3r"、ソロでミネアポリス・サウンドのセルフ・オマージュな"MPLSound"。
 ついでにこのヴァレンテの盤も入れてしまえ、って程度のノリでは、と最近思い始めた。

 発売当初は本盤は、女性シンガーを立ててプリンスのプロデュース側面を見せる多面的なコンセプトで3枚組に包含されたと思ってた。だが本稿を書こうと改めて聴いてたら・・・どうにもヴァレンテの歌唱に慣れない。のぺっと平坦で、プリンス流の色気が全くない。節回しはプリンスなのに。

 今回クレジット関係を調べると、(8)以外はプリンスとヴァレンテの共作、(8)だけプリンスの単独作曲とある。演奏は(2)(4)(8)でNPGのC.C. DunhamとJoshua Dunham兄弟がベースとドラムを入れた以外、すべてプリンスらしい。
 このクレジットはどこまで信用できるのやら。少なくとも楽曲は全部、プリンス印に聴こえる。

 とはいえ節回しのプラスティックな感じはどうにも馴染めない。音程をぴたり当てるテクニックは上手いのかもしれない。いっぽうでゴスペル的にシャウトやめちゃくちゃに広い声域などはヴァレンテの売りで無いらしい。
 致命的なのはまっすぐな歌い方。あまりに色気が無い。プリンスの歌は、粘っこく揺れるニュアンスと多重録音が産む、主旋律を感じさせぬ不穏さが大きな魅力だ。
 
 本盤のボーカルはほぼすべてヴァレンテの多重録音。だが、どうもピッチの吸い付き具合がプリンスほどジャストではない。音痴ではもちろんないが。
 プリンスの歌声は最終曲の(10)で現れる。というかこの曲、プリンスがリード・ボーカルに思える目立ちっぷり。ヴァレンテはすっかりバック・コーラスに成り下がった。そもそも、その立ち位置が似合う。プリンスとヴァレンテで歌声の表現力格差が、如実に出た。

 プリンスがどういうつもりでヴァレンテでアルバム一枚作る気になったか不明だ。どこまでも彼の色に染まったアルバムなのに。
 そしてヴァレンテはプリンスの曲から彼の色を消し、他の歌手に歌わせる仮歌役ならばっちりハマると思う。皮肉っぽい書き方だが、大真面目だ。プリンスの歌が持つ魔力は、彼の仮歌を聴きながらだと引っ張られるし、逆にそうしないと魅力が出ない場合もある。
 ところがヴァレンテに歌わせたらポップさだけを抽出して、およそシンプルな色合いに塗り替えられる。この盤、プリンスの仮歌があってもおかしく無い曲ばかり。だがそれをどれもこれも、ヴァレンテは無機質なポップスに仕上げた。
 ファンキーさもファンクネスもきれいに拭い去り、軽やかなポップへ変化させてる。これはこれで、一つの技だ。

 しかしこれ、全部プリンスの歌バージョンで聴きたい。もっと色っぽいはずだ。

 アルバムは静かな打ち込みビートのミディアム(1)で幕を開ける。エレキギターが歪みとブライトなカッティングの双方で飾り、ベースの肉感的なムードで唸る。ジャストとファンクネスの双方を持ち得て、ファルセットを駆使した粘っこい曲・・・のはずなのに。
 同じように高い音域でかすれ声の歌は、ビックリするくらいポップスだ。ちょっと喉を潰しひねるところすら、可愛らしい彩り程度しかない。メロディはきれいだし、アレンジ変えたらもっと普遍的なポップスになりそう。

 (2)も無伴奏のハーモニーをイントロに、小粋なグルーヴを滲ませる曲のはず。サビのハーモニーも込みで、スマートな楽曲にヴァレンテはまとめた。この曲、もっとゴスペル・タッチで歌ったら濃厚で良いと思う。アレンジは凝っており、エレキギターが挿入され鍵盤のオブリが入る中盤以降の展開はクールだ。

 (3)は冒頭のシンセが少しばかり大仰だが、これまたファルセットの妖しさをヴァレンテが消し去って、ちょっと気だるげなムードにとどめた。えらくヘルシー。そう、彼女の歌は瑞々しさも少なく、無菌なイメージあり。
 楽曲は90年代初頭のエレクトロ要素を持たせたファンク。ボーカルが幾層も飛び交い、プリンスは緻密なハーモニー・アレンジを施した。ヴァレンテはあっさりムードだが。低音部分でプリンスの声が聞こえる気もするなあ。

 (4)は切ない歌いかけとサビで緩やかに漂うムードが心地よい曲、のはず。プリンスのボーカルならば。ヴァレンテは中途半端に華やかさだけを抜き出した。
 いや、がんばってはいる。決してヴァレンテは手を抜いてない。喉を潰し声を揺らし、セクシーさを演出しようとした。単に、声質が硬くてのっぺりしすぎるだけ。

 シンセ・ストリングスとアコースティックなムードな(5)。フルートや弦が静かに鳴るが、これらは生かな?すごく綺麗で小粋な曲。逆にこれは、プリンスの色気を抜いたヴァレンテの勝ち。スマートで毒気の無いガール・ポップに仕上げてる。
 80年代初期プリンスのお蔵入り曲みたいな、素朴で力強い要素も楽曲にはあり。

 一転して"Emancipation"(1995)時代のニュアンスな、弾むエレクトロ・ポップな(6)。吸い込むようなメロディを、ヴァレンテはさらり表現した。
 こういうファンクネスはプリンスの歌だとグルーヴィだろうに。ヴァレンテはバック・コーラスの滑らかさは似合うのに、リード・ボーカルは支え切れてない。デモ・テイクみたいな感じ。曲の魅力を引き出しきれてないなあ。

 (7)は80年代に戻った。シンプルな鍵盤のバッキングに、打ち込みビートが拍の前や頭をズラシて跳ねる。ビートをさりげなく強調した、プリンス流の絶妙なリズム・アレンジ。
 これもメロディは魅力的だし、降り注ぐ多重コーラスが映える。大サビの華やかさ、そもそもそこかしこのコード進行がゴージャスかつヒネった味わいで面白い曲。ヴァレンテの歌が物足りぬ。さらっとしすぎ。

 何故かこれだけ、プリンスの独自作曲とPrince Vaultは宣言した、(8)。アルバム上のクレジットはこれも他と同様、ヴァレンテと共同クレジットながら。
 80年代のアウトテイクっぽい粘っこさと、妖しさを漂わせるソウル。ドラムの硬い響きや全体的に生っぽい演奏が、他の曲に比べてプリンスの多重録音っぽさを強調した。しかしヴァレンテはブレない。微妙にピッチをずらして色気を出そうとしてるけど。下手だなあ。
 この録音前に、プリンスはテイマーにもこの曲を歌わせた。彼女の歌い方のほうが味があり、ずっと良いテイクに仕上がってる。それともプリンスはヴァレンテの無機質なとこが好みだったか。

 (9)は00年代の曲っぽい、浮遊さが漂う成熟した響き。メロディがどんどん自由になり、バッキングとは別次元に歌声がたゆたう。つかみどころ無い雰囲気をものともせず、きちんと歌いこなすヴァレンテは立派。節回しやブレスの位置にプリンスの影は見えるけれど、癖無く歌いきった。
 背後の低音ハーモニーは、プリンスだよね。さりげなく小さくミックスされた低い声が、じわじわと怪しい空気を漂わせる。この辺が、実力の違いだ。

 アルバム最後の(10)。これも00年以降の楽曲っぽく聴こえた。カッチリ野暮ったいドラムを軸に、ストリングスがねっとり響く。
 これはもう、プリンスの独壇場。形だけヴァレンテにリードを任せるが、表に出たらプリンスが美味しいところを全部持って行く。ファルセット一声で、プリンスは鮮やかに空気を塗り替えた。

 09年7月18日、本盤発売の約3ヶ月後にスイスのモントルー・ジャズ・フェスにプリンスが出演したとき、ただ1回だけ(2)と(10)が披露された。ブートで流出してる。そこではプリンスが全面的にボーカルを取り、ジャジーに粘っこく解釈した絶妙の歌を聴かせてる。

Track listing:
1.Here Eye Come (4:28)
2.All This Love (4:39)
3.Home (4:26)
4.Something U Already Know (5:44)
5.Everytime (3:50)
6.2nite (5:02)
7.Another Boy (3:56)
8.Kept Woman (4:15)
9.Immersion (4:02)
10.Elixer (4:00)

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