山下洋輔 「スイングしなけりゃ意味がない」(1980)

 すごくアフリカンなグルーヴに溢れた、小粋で素敵なソロ・ピアノのライブ盤。

 ぼくの山下洋輔に対するパブリック・イメージは何十年もずっと、このジャケットだった。
 目を閉じて気持ちよさそうに微笑み、ピアノへ向かう姿勢。人のよさそうな雰囲気を醸し出し、いきなり殴られることなんてなさそうな穏やかさ。
 70年代までのヒリヒリする緊張感と体力勝負のテンションはなりを潜め、エンターテイメントとしてフリージャズをお茶の間に提示する。

 音楽としてスリルは無いが、異物としての普遍性をわかりやすく親しみやすい姿で提示する。それが山下洋輔、を初めて知ったたぶん85年頃のイメージだった。
 尖った音楽、ひりついた姿勢。それをジャズに求めてたため、本盤はずっと聴きそびれてた。97年くらいじゃないかな、本盤を聴いたのは。改めて山下を聴いてみたく、あれこれ入手した一枚。

 久しぶりに聴いたら、すごくアフリカンなスイングっぷりにしびれた。ぼくが好きなアブドゥーラ・イブラヒムに通底する雄大さと、温かさが満ちたアルバム。
 こんな内容だっけ?すっかり忘れてた。ここにではフリージャズに"寄った"アプローチであり、切ったはったの荒々しさは皆無だ。くるくると舞うような指使い、クラスターやミチミチ詰まったフレーズがあっても、包容力が滲んでる。
 エンターテイメントと割り切ってはいないが、しとやかな優しさが滲んでる。

 エンジニアに山下のマネージャー、岩神六平がクレジットあり。PAでなくオーディエンス録音ってこと?録音は「新宿ピットイン、84年2月12日深夜」とある。観客の拍手があるオーディエンス録音。レコーディングを前提のライブだったのか、たまたまこういうライブを録音してたのか。ライナーノーツが無く、詳しい経緯がわからない。

 なおLPとCDで曲順が大胆に違う。後述はCDの曲順。LPはCDの曲番号で言うと、(7)(4)(6)(3)(1)。すなわちCDとLPで上下がひっくり返る形。CDの冒頭はLPの最終曲であり、LPの冒頭はCDの最終曲だ。
 LPとCDで聴き比べまで想定してたのか。ライブの実況感は最初から放棄し、価値観の転倒を味合わせたいのか、ってくらいの極端な並べ替えを施してる。

 実際のライブ演奏で曲順はどうだったのだろう。CDかLP、もしかしたら両方とも、当日の空気を味わえていない。全く独立したソロ・ピアノ集として本盤は作られた。

 流麗な山下の指さばき、フリーを自在に投入する奔放なフレーズ。これへさらに、アフリカンな和音使いが本盤の魅力だ。代表的なのが(5)。
 また、全般的にオーソドックスなジャズ回帰とも取れる。無邪気なストレート・アヘッドではない。持ち味であるフリーな要素もふんだん。
 
 けれど逆に、無理なフリーへ押し込める強引さや、類型的な展開からも自由になった。色々と心機一転のタイミングだったのか。
 オリジナルの(4)もやるが、スタンダードも多く取り上げて誠実にジャズの歴史と向かい合った盤だ。
 変わり目と言えるアルバムであり、とてもピュアで暖かいジャズが楽しめる快盤。

 本盤は「トリオ解散後の初レコーディング」が、発売の売りだった。実際、84年はアルバムも"ブレス/山本邦山・富樫雅彦・山下洋輔"のみ。売れっ子として活発なリリースをずっと続けてた山下らしからぬ、空白を持った一年だった。
 ちなみにこの年、山下は8月から「道場破りツアー」と称して鴻上尚史を帯同し、2ヵ月の自由なアメリカ・ツアーへ出る。
 
 なお「道場破りツアー」の様子は山下のエッセイ「アメリカ乱入事始め」(1986:文藝春秋)で読める。この本は滅茶苦茶面白かった記憶あり。読み返したいな。
 

 本盤のあと山下はキティへ移籍。ピアノ・ソロ"センチメンタル"を吹きこんで「道場破りツアー」で渡米。しばらくはソロ活動を続けた。
 セシル・マクビー、フェローン・アクラフとNYトリオを結成、"クレッシェンド"をリリースは本盤の3年後、1988年となる。

Track listing:
1. ラウンド・ミッドナイト
2. ハンブス・ブルース
3. マイ・ファニー・バレンタイン
4. 仙波山
5. ジャメイカン・パロット/リトル・クエスチョン
6. マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ
7. スイングしなけりゃ意味がない
8. 回想

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